「さきたま古墳群」を解説!~「埼玉」の名前由来の地に根付く古墳群~

首都圏である埼玉県に古墳!?そうなんです、埼玉県には古墳が、しかも日本最大の円墳、武蔵国最大の前方後円墳が置かれています。
そして、今回ご紹介する「さきたま古墳群」は、「埼玉」の名の由来の地でもあります。さきたま古墳群に纏わる歴史を紐解きながら、関連する話題をご紹介します。

「さきたま」?「さいたま」?埼玉県の由来はコレ!

埼玉県庁標識
埼玉県庁標識/Wikipediaより引用

「この名前には、どういう由来があるんだろう?」ふと地名の由来が気になることがありませんか?実は「さきたま」は埼玉県と深いつながりを持っていました。

文字に見る「埼玉」の発祥を知ろう

「彩の国・さいたま」。埼玉県北東部に位置する「さきたま古墳群」の周辺は、「さいたま」の地名が生まれた地です。幸福の神の働きを示す「幸魂(さきみたま)」という縁起の良い言葉が候補にあがります。
古文においては、「万葉集」には「前玉」「佐吉多万」(さきたま)、「倭名類聚抄」には「埼玉」「佐伊太末」(さいたま)が見つかります。「埼玉古墳群」をその由来とする説もあります。
「さきたま」を狭い地域に用いて、「さいたま」を広い「郡」のような広い地域に用いたイメージが、読み方の相違に繋がります。

「さきたま古墳群」は埼玉発祥の地にあった!

狭い範囲の「さきたま」は現在の「埼玉県行田市埼玉」地域に含まれます。さきたま古墳公園の中には「前玉(さきたま)神社」が鎮座しています。万葉集に記された地名でしたね。
御祭神は二柱で、その名も「前玉彦命(さきたまひこのみこと)」「前玉比売命(さきたまひめのみこと)」が祀られています。神社が、さきたま古墳公園内の「浅間塚古墳」の「上」に乗っているので、御祭神は「浅間(せんげん)さま」と呼ばれています。
さきたま古墳群は、まさに埼玉発祥の地にあったのです!

さきたま古墳群ってどんなところ?

春のさきたま古墳群の二子山古墳(埼玉県行田市)
春のさきたま古墳群の二子山古墳(埼玉県行田市) /Wikipediaより引用

埼玉の名が生まれたさきたま古墳群には、どのような古墳が造営されたのでしょうか。大型の前方後円墳が8基、円墳が1基配置されています。
発見された当初、周辺には36基の小型古墳群がありましたが、それらは昭和初期の沼地の干拓事業で取り壊されました。ここでは、残された大型の古墳をご紹介します。

1・稲荷山古墳

「稲荷山古墳」は、前方後円墳の一部が削り取られてしまっていたため、現在は2003年に復元された姿を見ることが出来ます。古墳の「くびれ」部分には、「造り出し」と呼ばれる出っ張りがあります。造り出しは「霊廟」、もしくは「祭祀」が行われた場所と伝えられています。
古墳公園内で発掘調査が行われた古墳の1つで、出土品には昭和58年に国宝指定された「金錯銘鉄剣」などがあります。この古墳は「前方」の部分から上に登ることができます。この国宝発見には偶然が重なっています。
「風土記の丘」建設の予定があり、古墳群の性質を知り、展示資料を収穫するために1基だけ調査することになりました。当初は愛宕山古墳が予定されていましたが、前方部が既に失われて、崖面が崩れつつあった稲荷山古墳に急遽変更となりました。埋葬施設の1つは未盗掘のままで残っていたのです。

2・丸墓山古墳

「丸墓山古墳」は直径105mもある日本最大の円墳です。高さが18.9mで、埼玉古墳群の中では一番の高さを誇る古墳です。1590年の「小田原の役」で石田三成が忍城(おしじょう)を水攻めした際に、作戦の進行具合をチェックするために本陣を張った場所です。
平地の中ですから、都合の良い位置にあったのですね。映画「のぼうの城」に出ていたこの丸墓山古墳にも登れるので、石田光成の気分を回想してみてはいかがでしょうか。

3・二子山古墳

「二子山古墳」は全長135mを誇る、武蔵国最大の前方後円墳で、埼玉県では最大規模の古墳です。2つの山があるように見えるため、二子山古墳と名が付けられました。
周囲を水路で囲まれているユニークな古墳です。元々は空堀ということが明らかになっています。ちなみに、稲荷山古墳を1.15倍すると二子山古墳に重なります。堀沿いに歩いてみると、実感が湧きますね。

4・将軍山古墳

都市の開発計画の途中にある古墳公園。復元されるまでの間、「将軍山古墳」にはくびれ部分を削った部分に民家と作業場が建っていました。稲荷山古墳と同じく発掘された古墳で、現在、展示室の中から横穴式石室を見学できます。
この古墳は初めて「横穴式石室を使用した前方後円墳」として知られています。1894年の発掘の際、「馬冑(ばちゅう)」「蛇行状鉄器(だこうじょうてっき)」「旗さし金具」などの道具類や、「銅腕(どうわん)」「環頭大刀(かんとうのたち)」などの副葬品が出土しました。観覧は「さきたま史跡の博物館」と共通入場券で200円です。

5・愛宕山古墳

全長53mの「愛宕山古墳」。さきたま古墳群の中で最小です。しかしながら、他の前方後円墳と同様、周囲には長方形の二重堀が巡らされていることが確認されました。
出土した遺物には、円筒埴輪の他、形象埴輪があります。主に、人物・大刀・盾を模した埴輪です。古墳同様、円筒埴輪も他の古墳に比べ小さいのが特徴です。高さは40cm前後でした。

6・瓦塚古墳

中型の前方後円墳です。発掘は行われていませんが、西側くびれ部分の造り出しからは、多くの須恵器が見つかりました。また、周囲から大量の埴輪(円筒・盾形・武人・弾琴男子など)や土器などが見つかっています。文化庁の発掘許可が待たれます。

7・鉄砲山古墳

「鉄砲山古墳」も大型の前方後円墳で、こちらの周りでも円筒型埴輪や土師器、須恵器などが見つかりました。江戸時代には忍藩の砲術演習所が配されていたことから、ふきんから鉄砲弾が掘り出されています。鉄砲山古墳は珍しい特徴を持っています。
「三重堀」を有していて、古墳の西側で確認されています。三重堀を持つ古墳は全国でも珍しく、他には福岡県の「御塚古墳」・「月岡古墳」、並びに千葉県の「大堤権現塚古墳」などがある程度です。

その他の古墳

名前の由来でもご紹介した「浅間塚古墳」は円墳で、神社を乗っけている不思議な古墳です。「奥の山古墳」は前方後円墳で、周囲が花で囲まれている姿が見て取れます。
「中の山古墳」「奥の山古墳」は、古墳群を東から見た際に一番奥にあることから名づけられました。なだらかな墳丘ですが、調査により2段で築かれていることがわかりました。

古墳の共通点

ここで、さきたま古墳群の共通点を2つご紹介しましょう!まずは、「造り出し」です。長方形の堀が二重に巡らされている・後円部と堀の中堤に「造り出し」を持つことから、将軍山古墳・稲荷山古墳・二子山古墳・鉄砲山古墳の4基が同じ形態であることがわかりました。
そして、「縮尺」です。稲荷山古墳を1.15倍にすると、二子山古墳に。その二子山古墳を0.8倍にすると鉄砲山古墳に重なります。

さきたま古墳公園で歴史を体感!

埼玉県立さきたま史跡の博物館 外観(埼玉県行田市)
埼玉県立さきたま史跡の博物館 外観(埼玉県行田市) /Wikipediaより引用

これだけの古墳が並んでいる古墳公園ですから、ぜひ、その歴史を掘り下げたいものです。公園内の「県立さきたま史跡の博物館」・「はにわの館」をご紹介します。

埼玉県立さきたま史跡の博物館

国宝級の展示物がそろう「さきたま史跡の博物館」に入ると、「まが玉づくり」の体験・ミュージアムショップでのお土産購入もできます。展示室は大きく「国法展示室」「将軍山古墳展示館」「企画展示室」の3つで分けられています。
まず「国法展示室」には「国宝金錯銘鉄剣」が象徴として展示されています。100年に1度の大発見とされるこの剣は、古代国家成立の謎を解くための超一級の資料といわれています。剣に刻まれた文字も判るように工夫して展示されていますよ。
稲荷山古墳の埋葬施設から出土した、翡翠製の副葬品も展示されています。これらの副葬品は、すべて一括で国宝に指定される代物です。次に「将軍山古墳展示館」。こちらは石室の内部を見学することができます。遺構や異物を保存活用していくために設置された建物です。
発掘調査の後に墳丘がかなり崩れてしまい、復元されました。副葬品の実物は国法展示室に展示されています。そして、「企画展示室」では回を分けて企画展・講座・解説が開催されます。

さきたま古墳公園はにわの館

工房ではにわ作りを体験できます。古墳を観賞し、博物館で歴史に触れたら、ぜひ立ち寄ってみてください。はにわを作るにあたり、使用する粘土の重さによって料金が異なります。まずは、2時間弱を目安に作成します。
次に、約1ヶ月ほどかけて作品を乾燥させます。最後に、はにわの館の中にある窯で焼き上げて完成です。はにわ作りの受付は9:00~14:30までです。指導員さんがフォローしてくれるので、手軽に楽しめます。

★リンク:はにわの館

現代の「さきたま」に生きる文化

さきたま火祭り (埼玉)
さきたま火祭り (埼玉)/Wikipediaより引用

さきたま古墳群の周囲には、数々の文化が根付いています。古代から近現代を彷彿とさせる5つをピックアップしてご紹介します。

1・さきたま火祭り

さきたま火祭りは、「さきたま古墳公園」で開催されます。古事記に見られる神話の一場面を再現したものです。大きく分けて見どころは2つ!1つ目は産屋に火を放つ場面です。
「邇邇芸命(ににぎのみこと)」の妻、「木花咲耶姫(このはなさくやひめ)」が、「お腹の子が本当に邇邇芸命の子どもである」ことを示すために、燃え盛る産屋の中で出産をし疑いを晴らすエピソードを表現しています。
元々は宮崎県に伝わる話が、なぜ埼玉県で行われるのか疑問に思われる方もいらっしゃるかもしれません。それは、木花咲耶姫を祀る浅間神社(前玉神社)がさきたま古墳群のすぐ側にあるからなのです。そして、この神社は古墳群に祈りを捧げるように建てられています。
2つ目は「御神火下り(ごじんかくだり)」です。たいまつを掲げた人々が丸墓山古墳・稲荷山古墳の頂上から降りてきます。海幸彦・山幸彦の誕生を祝うように御神火の列が降りてきます。
古墳、すなわち山から流れ出る溶岩の流れのごとく、一本の火の帯となって乱舞する様は、竜が動いているように見えるかもしれません。

2・古代蓮

古代蓮をご存知でしょうか?蓮は夏を代表する花の1つで、「行田古代蓮の里」では、毎年7月中旬から下旬にかけて池いっぱいに咲き誇ります。
何故、この地に「古代蓮」が根付いたかが不思議ですよね。建設工事中に偶然出土した古代の種が自然に発芽して甦り、開花したのが始まりです。約1,400年から3,000年前のものと推定される古代蓮は、現在約12万株が植えられています。
遊歩道を歩くと間近に見ることが出来ます。行田市の天然記念物に指定されているこの花は、早朝に開き昼には閉じてしまうので、早い時間帯に見に行くことをおすすめします。

3・忍城(おしじょう)

「関東七名城」の1つ「忍城」をご紹介します。「浮き城」の別名を持ちます。石田三成の水攻めを耐え抜いた難攻不落の城と言われていました。
豊臣秀吉の北条氏・小田原城攻略の際、支城である忍城も標的となりますが、城主・成田氏の人望が奏して石田三成の水攻めは失敗。小田原城落城の時まで持ちこたえた支城は、この「忍城」だけでした。
隣接する「行田市郷土博物館」で、城の歴史・行田の歴史・特産品の展示や詳しい解説を見ることが出来ます。皆さんはお気づきでしょうか、映画「のぼうの城」の城主が、「のぼう様」こと忍城の「成田長親(なりた-ながちか)」なのです。

4・足袋・足袋袋の町

映画「のぼうの城」に続き、ドラマ「陸王」の舞台となった行田市。「足袋」の町として有名で、2015年には「行田の足袋製造用具及び製品」が国の登録有形民俗文化財に登録されました。
行田の足袋は、江戸時代中頃から旅行用・作業用として作られ、明治に入るとミシンが導入されたことで生産量が増大します。今でも商品の倉庫として「足袋蔵」が街中に点在しています。

5・田んぼアート

行田市名物の1つ「田んぼアート」!テレビやニュースで目にした方もいらっしゃるかもしれません。毎年7月後半から10月中旬に、古代蓮の里の隣の水田で田んぼアートを見ることができます。
お米の産地である行田市の風物詩となっています。水田をキャンパスに見立てて絵や文字を表現するために、色彩の異なる複数の稲を使う工夫をしています。
「古代蓮会館展望室」から見渡すことができるので、古代蓮の観賞と併せて足を運んでみてはいかがでしょうか。

ユニークな「さきたまグルメ」を楽しもう!

十万石まんじゅう
十万石まんじゅう/Wikipediaより引用

行田にお住いの方ならば誰もが知っている、ユニークな「さきたまグルメ」がこちらになります。国宝・歴史・文化にちなんだ美味しい名物です。

鉄剣せんべい

「鉄剣せんべい」は行田市の特産品の1つです。稲荷山古墳から出土し、昭和58年に国宝指定された「金錯銘鉄剣」にちなんだ米菓です。
行田市内に店舗をかまえる「野中米菓店」さんで販売されていて、箱入りの詰め合わせ・バラ売り両方がそろっています。「鉄剣の里」という袋入りのおかきもおススメです。

★リンク:野中米菓店

ゼリーフライ

ゼリー?フライ?「ゼリーフライ」とは行田市の「B級グルメ」です。ジャガイモとおからをメインにした、衣を使わないコロッケ風の軽食です。
小判型に整えて油でフライにしています。ゼリーを用いたフライではありません!その形から「ゼニ(銭)フライ」と呼ばれていたのが「ゼリーフライ」に変化したそうです。
庶民のおやつである「ゼリーフライ」は1個100円位で食べられます!ちなみに、B級グルメで「焼きそば」を思い浮かべる方は少なくないのでは。ゼリーフライを扱うお店では、焼きそばも必ず扱っています!

★リンク:「行田市観光協会」ゼリーフライ

十万石まんじゅう

「十万石まんじゅう」は白いお饅頭です。こちらも埼玉県民なら誰もが知っている銘菓!天面には「十万石」の文字が載っています。
旧忍藩十万石の地・行田で自慢の、お米の形が採り入れられました。作り始められたのは太平洋戦争の終結後で、砂糖の配給統制が解かれて間もなくの頃だったそうです。
製造販売しているのは「十万石」さん。本店は国の有形文化財に指定された建物です。1880年代に呉服屋の「店蔵」として建てられただけあり、重厚感がある店構えです。太田市の店舗以外は、すべて埼玉県にお店があります。
他にも「十万石」の名をもつお菓子は最中・カステラ・羊羹がありますよ。

★リンク:「十万石」店舗

まとめ:さきたま古墳群から世界へ!未来へ!

さきたま古墳公園
さきたま古墳公園/Wikipediaより引用

さきたま古墳群が「世界遺産登録」を目指していることをご存知でしょうか。これは「古代東アジア古墳文化の終着点」としてのことです。
「埼玉」の始まりの地が「文化の終着点」であり、これらの文化が、いま新たに世界遺産登録に歩みを進めようとしていることに歴史のロマンを感じませんか?

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