天草四郎は作られた理想像?!本当に奇跡の人なの?

 

江戸時代に、キリシタン禁制が行われていた頃、島原の乱で総大将として先陣を切っていたと言われているのが天草四郎です。彼はどんな人物なのか、果たして本当に存在していた人物なのかまで迫っていこうと思います。

天草四郎ってどんな人?

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日本で有名なキリシタンとして名前が上がるのが「天草四郎」ですが、彼は一体どのような人物だったのでしょうか?また、現在一説に上がる「生きていた説」はたまた「存在しなかった説」とは一体どういう事なのでしょう?!歴史を変えてしまいかねないことですが、ギリギリのところまで迫っていきましょう。

 

プロフィールまとめ

江戸時代初期に、キリストの生まれ変わりとされた天草四郎ですが、その全体像は把握しておきたいですよね?ここでは、彼の生まれや、生きた時代などを詳しく表にまとめたので、ざっと見ていきましょう。

名前 天草四郎
本名 益田四郎(仮説)
洗礼名 ジェロニモ又はフランシスコ
宗教 キリスト教
宗派 カトリック
出身地 肥後国(現在の熊本県)(仮説)
家系 武士
生誕 1623年(仮説)
死没 1638年(書籍:ビジュアル百貨 日本史1200人引用)
享年 15~17歳(書籍:ビジュアル百貨 日本史1200人引用)
死因 戦死(書籍:ビジュアル百貨 日本史1200人引用)
時代 江戸時代・キリシタン禁制時代・鎖国
主な活躍 島原の乱(天草の乱)・総大将

 

以上が、天草四郎の詳細です。この表を見ただけでも、仮説が多いことがわかっていただけるかと思います。生まれた年も、場所も、本名すら現在では仮説扱いで、現存している資料も少なく謎が多い人物です。

 

島原の乱って何の戦い?

天草四郎と言えば「島原の乱」あるいは「天草の乱」「島原・天草一揆」と呼ばれる内戦が有名ですよね?「天草四郎」と「島原の乱」を頭の中でつなげると、どうしても”キリスト教弾圧へのキリシタンの反乱”と考えが及んでしまいがちですが、事はそう単純ではありません。

単刀直入に言いますと、反乱の原因は「高い年貢」です。確かに、当時キリシタンの摘発が行われ、改宗を拒んだものが温泉山のマグマに投げ入れられたなどの行為はありましたが、彼らを限界まで追い込んだのが年貢の取り立てなのです。当時、天草地方では、深刻な飢餓状態に陥っていたのですが、それを全く考慮しない、高い年貢の取り立が行われていました。払おうとしない者の家族は拷問にかけられ、命を落とした者もいたようです。そんな理不尽な行為に怒りが爆発し、キリシタンの百姓や、今までキリシタンではなかったが反乱を起こすことを考えます。キリシタンの百姓や、反乱のためにキリシタンになった者が集まり(以降:反乱軍)、当時キリストの生まれ変わりだと噂された天草四郎を総大将としてとうとう一揆を起こすのです。反乱軍は、3か月にも渡って原城に立てこもりましたが、弾薬や、食料が尽きてしまい、幕府軍によって全滅させられます。その際に”天草四郎と思われる人物”が陣佐左衛門(じんすけざえもん)によって討ち取られたとされているようです。

しかし、反乱が年貢の取り過ぎによるものというのは、藩主が失政を認めることとなってしまいます。そのため、反乱の原因を「キリシタンの暴動」と言っておいた方が、藩主によって都合が良かったのです。また、当時キリシタンの弾圧を目論んでいた幕府にとっても都合が良かったため「島原の乱⇒キリシタンの暴動」というのが定着してしまいました。

 

天草四郎は生きていた説

天草四郎とキリシタン軍は、原城で奇襲攻撃を繰り広げていましたが、結果的に敗れてしまいます。しかし、原城には地下通路が発見されており、そこから天草四郎は脱出し、海を渡りフィリピンに逃げたのではないかという説が残っています。

なぜ、そんな突拍子もない説が、今でも残っているかというと、当時フィリピンには旧キリシタン大名が作った「日本街」というものがあったのです。その大名は豊臣家の者で…天草四郎も、実は豊臣秀頼の隠し子だったのではないかという説が強く残っています。天草四郎が使っていた馬印が、豊臣秀頼も使用していた「ひょうたん」だったことから幕府の記録にも「秀頼の子」として記載されています。

そういった、一説一説を繋ぎ合わせていくと、もしかしたら生き延びていたのかもしれないという説にたどり着くようです。

 

天草四郎はそもそも存在しない説

幕府が一揆を治めた時、やはり総大将の首をもってくるように幕府軍に言ったようですが、幕府も軍も天草四郎がどんな人物かぼんやりとしか分かっていなかったといわれています。そんな中、天草四郎に背格好の似た者の首を10以上も持ってこさせ、捕らえていた母親の前に次々と見せて、彼女が泣き崩れた様子から、陣佐左衛門(じんすけざえもん)の持ってきた首を四郎と判断したまでとされています。彼女が泣き崩れた原因は、息子の死を確認したことなのか、多数の首を見せつけられ恐怖したのかはわかっていません。

また、前述のプロフィールでも謎(仮説)が多いことからも、天草四郎の存在自体が議論されており一説にはキリシタン達が自分たちの原動力にするリーダーの存在を作り上げたもので、架空の人物ではないかという説。他には、「天草四郎」というのはグループ名ではないかという説まで浮上しているのです。

 

そもそもキリスト教ってどんな宗教?

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現代でかなり大規模な宗教で認知度も高いのがキリスト教です。天草四郎がクリスチャンだったことは認識しているが、そもそもキリスト教ってどんな宗教なのか?神って何?キリストって誰?なんて解かっているようで解ってない方が多いのではないでしょうか?そんな方々に向けて、キリスト教の入り口だけ触れていきますので、一緒に理解を深めてみましょう。

 

キリスト教の神様って何?

キリスト教にとって神様というのは絶対的な赦し(ゆるし)と愛をもった存在です。神は、宇宙や地球を創造し、動物や人を創造した、つまり全てを作った全能なる存在です。また、絶対的な許しや愛をもっているとはいえ、怒らせるとかなり怖い存在なのです。それは、天災として表現されることが多く、神の裁きで有名なのは「ノアの箱舟」や「出エジプト(イナゴの大群や疫病など)」でしょう。この大規模な裁きは、現代にも起こりうると言われており、それが「ヨハネの黙示録」です。また、一番理解に難しいことなのですが「神=父・子・精霊」であり、これを「三位一体(さんみいったい)」と呼びます。これは「神は三役を担っている」や「三つの形式」があるといった単純な理解ではなく「三つで一つであり」「一つが三つである」という以上のものです。これは理解するものではなく信じるものでありそれが「神」と言われています。また、文明が進んだ現代でも、神にしか成せない奇跡の様なこと、化学や医学で証明できないことなどは、神の御業(みわざ)という位置づけにあるようです。

 

イエス・キリストって誰?

キリストは、神の子と言われている人物です。彼は、処女であるマリアの腹に精霊によって宿った男児として誕生しました。キリストが誕生する前には、預言者が彼の誕生を予言し「救世主が現る」と言っていたようで、後に彼は数多くの奇跡を起こしたり、大きな愛でユダヤ人たちを救済していきます。しかし、そういった行いが権力者ポンテオ・ピラトの逆鱗に触れ、拷問の末、十字架につけられ、葬られたのです。ところが、葬られたのち3日後に天に昇り、大天使ミカエルとなり神に一番近しい存在となっています。わかりやすく言ってしまえば、「救世主=イエス・キリスト=大天使ミカエル」ですね。現代の西暦表記はキリストが生まれた翌年を元年とするものです。

 

キリスト教の教え

キリスト教の教えは、聖書という膨大な記述の中に多数載っていますが、基本的には赦しの教えがあります。キリストの教えの中に「右頬を叩かれたら、左頬を出しなさい」という有名な言葉がありますが、自分がどんなことをされようと、相手を咎めることなく受け入れようという考え方です。また「隣人を愛せ」という言葉も有名ですが、これは”お隣さんを愛しましょう”という意味合いではなく”人に気遣いの気持ちや、思いやる気持ちを持ちましょう”という意味合いで、自分より先ず周りをというキリストの考え方です。そういった、赦しや本当の意味での愛を大切にするのがキリスト教の教えなのです。

 

天草四郎が起こした奇跡と、聖書の奇跡の類似点

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天草四郎は、イエス・キリストの生まれ変わりとされていましたが、天草四郎が起こした奇跡の数々は、聖書の各・福音書に記されているキリストの奇跡と酷似しています。ここでは、イエス・キリストが実際に起こした奇跡と比較してどれくらい似ているのか検証してみましょう。

 

奇跡その①…盲目の少女に光が…

天草四郎が盲目の少女に触れただけで、少女が視力を取り戻したという奇跡です。これは、キリストが行った癒しの軌跡に酷似しています。キリストが盲目の男性の顔にそっと触れると、男性は視力を取り戻したというものです。これはマルコによる福音書8章に記されています。

 

奇跡その②…海の上を歩く

天草四郎が嘘か本当か海の上を歩いたという奇跡があります。これに関しては、キリストが海の上を歩いて見せた奇跡に酷似しています。これは、マタイ・マルコ・ヨハネによる福音書に記述されています。

 

奇跡その③…鳩が産んだ卵から聖書が出てきた

天草四郎が祈りを捧げた時、天から舞い降りた鳩が卵を産み、その中から聖書が出てきたというものです。ある物質が別の物質に変わったことから、これは恐らく水を葡萄酒に変えるというキリストの奇跡と似ていることがわかります。これは、ヨハネによる福音書2章に記述されています。

 

奇跡その④…スズメに呪文をかけると動かなくなる

天草四郎が、木に止まっているスズメに呪文をかけると、ピタッと止まり、彼はそれを持ち帰ったという奇跡です。これに類似していると思われる奇跡としては、止める規模は異なりますが、キリストが「静まれ!!」と命じて嵐が止んだというものです。命じて何かが動きを止めるという点では、類似しているように感じられます。また、これは聖書ではマタイ・マルコ・ルカによる福音書に記述されているようです。

 

<まとめ>謎が多い人物です

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今回は天草四郎という人物像だけではなく、その存在の有無に至るまで迫っていきましたがいかがでしたか?ここまで見ていっても、個々に見解は変わっていくと思いますが、天草四郎の奇跡が聖書に基づいていることからしても、もしかするとキリシタンが「居て欲しい」と思う理想の人物像を作り上げていた可能性も捨てきれませんね。あなたの中では、天草四郎は存在しているでしょうか?

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