イスラム教祖ムハンマドに迫る!様々な奇跡を起こしていた?

 

知って納得!イスラム教の教祖ムハンマドについて

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みなさん、イスラム教というものをご存知でしょうか?知っている方はどんなイメージを持っていますか?断食の月がある、ひざまづいてお祈りしている姿、モスクのイメージ…色々あると思いますが、イスラム教の創始者であるムハンマドについては深く知られていないかもしれません。ここでは、ムハンマドはどんな人か、ムハンマドが作った「イスラム教」とはどんな宗教なのか、分かりやすくご紹介していきたいと思います。

 

イスラム教といえば!ムハンマドってどんな人?

イスラム教を作った人、ムハンマド。学生の時、社会で習っているので名前はご存知かもしれません。しかし、ムハンマドって、どんな人なのか知っている人は少ないかもしれません。ここでは、ムハンマドの人となりが知れるエピソードをご紹介したいと思います。

 

 意外!ムハンマドは元々商人だった

ムハンマドは神の啓示を受ける前は商人でした。25歳の若さで証人として大成功を収めます。商人として世 界の貿易商と幅広いコンタクトがあったので、キリスト教徒やユダヤ教徒の振興にも詳しかったようです。

 

 猫好きムハンマド

ムハンマドは大変な猫好きであったと言われ、ムエザという名前の猫を飼っていたと伝えられています。ム ハンマドと猫について様々なエピソードが残されているのです。ある日、ムハンマドが外出しようとすると、 着ようと思っていた洋服の上で猫が眠っていました。ムハンマドは猫を起こすことを忍びなく思い、服の袖を 切り落として片袖のない服で外出したそうです。ムハンマドが猫好きであったとされることから、イスラム教 徒には猫好きが多いと言われています。とくに額にM字の模様が入った猫は「ムハンマドの猫」と呼ばれてい るのです。これは、あるときムハンマドが可愛がっていた猫の額に触れるとムハンマドの名前の頭文字である 「M」の模様が浮かび上がったというエピソードがもとになっています。

 

これなら分かる!イスラム教とは

イスラム教は世界三大宗教(キリスト教、イスラム教、仏教)の一つです。神の啓示をまとめたイスラム教の啓典「コーラン」を信じています。コーランに示されている基本理念は、神の前での「絶対的平等」と「平和」です。このため、予言者も信者も上下関係はなく平等に扱われます。また、信じる神は唯一絶対の「アッラー(アラビア語で神の意味)」ですが、英語では「GOD」つまり、呼び方が違うだけで、イスラム教の信仰対象はキリスト教やユダヤ教と同じ神を指します。

 

これだけは押さえよう!ムハンマドが起こした5つの奇跡

 

本当に神の使いなのか示せ!月を真っ二つにした

ムハンマドがメッカ(=サウジアラビアのマッカ州の州都)で布教活動をしているときに、メッカの民は主 張が本当なのか証明させるため「奇跡を起こせ」と要求します。これに対してムハンマドは月を真っ二つに割 り、それを再び元に戻したそうです。これ以降、ムハンマドの普及活動は支持を集めることになりました。

 

 自然をも揺るがす!ムハンマドが寄りかかった木が泣いた

マディーナ(アラビア半島の都市でメッカに次ぐイスラム第2の聖地)で教えを説いていた時のムハンマド はいつも同じ木の幹に寄りかかっていました。しかし、信者が急激に増えると説教壇が設置されると、いつも の木の幹に寄りかかって教えを説くことをやめたようです。すると、信者の一人が「木の幹が泣いていた」と 言います。この出来事はその後も次々と目撃者が出現したのです。

 

 水不足解消!手から水を溢れさし人々を助ける

ムハンマドがメッカへ巡礼した際、砂漠のルートを取った時に、人々はその長い旅路から水を切らしてしま います。ムハンマドが器に指をかざすと、なんと、指から水があふれだしてきたそうです。その奇跡を目撃し た信者が、その場にいた1500人が水を飲み、清めをしたというエピソードがあります。

 

 食料困難を救え!食べ物を出現させ人々を助ける

信者は食料の貯蔵が尽きてしまい、苦難していたところ、ムハンマドは食べ物に祝福を与えました。する  と、食べ物が出現し、その量はその場にいた全員が満足するほどの食料であったとされています。

 

 病気の人々を救え!患部を手でさするだけで治せた

アブドッラー・ブン・アティークという人が足を骨折した時、ムハンマドは負傷した部位を手でさすっただ けで完治させました。アブドッラーはその後、何事もなかったかのように歩いたといいます。

 

体験しよう!イスラム教徒の暮らしはこんな感じ

ここではイスラム教徒の人はどんなことをしているのか、ご紹介します。これを知れば、イスラム教の人とも仲良くなれるかもしれません。イスラム教の人々は「六信五行イスラム教徒の人(=ムスリムという)は、6つの事を信じ、5つのことを行うという意味です。(ろくしんごぎょう)」というのを重んじているようです。その一つ一つをご紹介していきましょう。

 

カテゴリー 名前 読み方 内容
六信 唯一神 アッラーフ アッラー以外には神はいないと信じること。ここで注意したいのは、アッラー=神というアラビア語で神様の名前は、ヤハウェという
天使 マラーイカ アッラーが光から創造した天使を信じる(天使=アッラーの言葉を予言者に伝える。天使は、ジブリール、ミカエル、アズラーイルなど。
啓典 キターブ コーランなどアッラーが予言者に伝えた啓典を信じること(啓典はコーランの他に旧約聖書の「モーセ五書」や「ダビデへの詩篇」、新約聖書の「福音書」がある
予言者 ナービー ムハンマドなどアッラーが言葉を託した予言者を信じること(予言者=アダム、ノア、アブラハム、モーセ、イエスなど)
来世 アーヒラ 人生の終わりに「正しい行いをした者は天国へ、悪い行いをした者は地獄へ」というアッラーによる最後の審判と、来世を信じること
天命 カダル 信者はアッラーに報いる生き方をする為に、糧、寿命、幸福度が定められている
五行 信仰告白 シャハーダ 1日5回「アッラーの他に神なし、ムハンマドはアッラーの使徒なり」と言う
礼拝 サラート メッカのカーバ神殿に向かって1日5度の礼拝をおこなう。
断食 サウム 飢えに耐え、飲食できる幸せを神に感謝する為にイスラム暦の9月に、1カ月間飲食を断つ(ただし、日没後は飲食可能)
喜捨 ザカート 弱者には無条件で手を差し伸べる為に、財産に応じて税金を支払い、貧しい人や病気の人に施す
巡礼 ハッジ 一生に一度はメッカのカーバ神殿にお参りする(十分な財産がある者と健康な者だけでよい)

その他の決まりとしては、安息日(あんそくび=仕事を休み宗教的儀式を行う日)は金曜日。女性はヴェールを付けて肌を見せてはならない、妻を4人まで持てる(ただし、平等に愛すること)、お酒は飲めない、豚肉を食べることは禁止などあります。

 

 

より魅力が分かる!ムハンマドの生涯

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イスラム教を作ったムハンマドがどのような生涯であったか気になりませんか?ムハンマドの生涯を知ればより身近な存在になるかもしれません。ここでは、ムハンマドの生涯を簡単にご紹介します。

 

イスラム教誕生!その秘話について

ムハンマドは、アラビア半島の商業都市メッカで、クライシュ族のハーシム家に生まれましたが、父はムハンマドが誕生する数カ月前に死去し、母もムハンマドが小さな頃に死去したために、祖父、叔父によって育てられて成長しました。成長後は商人となり、25歳の時に裕福な女商人ハディージャと結婚します。
610年、40歳ごろのある日、ムハンマドは悩みを抱えて、メッカ郊外のヒラー山という所の洞窟で瞑想をしていました。そこで、ムハンマドは大天使ジブリール(ガブリエル)に出会い、啓示(のちのコーラン)を受けます。預言者としての自覚を持ったムハンマドは、まずは親戚の者に啓示の内容(=イスラム教)を説き始めます。最初にイスラム教徒となったのは妻のハディージャで、従兄弟や友人などが入信しました。
613年、ムハンマドは公然の場でメッカの人々にイスラム教の普及活動を本格的に始めます。しかし、多神教の聖地でもあったメッカを支配する人々は、ムハンマドとイスラム教徒の人々達は酷く迫害されました。保護してくれていた伯父が619年ごろ亡くなってしまい、同じころに妻ハディーシャが亡くなったので、ムハンマドはメッカでの普及活動に限界を感じざるを得ない状況になってしまいます。

 

現在信者は16億人以上!どのように普及した?

622年、ムハンマドはヤスリブ(=のちのメディナ)の住民から招かれます。これをきっかけにイスラム教徒もヤスリブに移住しました。メッカの有力者たちは、ムハンマドが始めたイスラム教がヤスリブで勢力が拡大することを恐れて、刺客を送り込み暗殺を試みますが、この情報を事前に知っていたムハンマドは、甥のアリーの協力を得て、メッカからヤスリブに脱出することに成功します。この事件をヒジュラと言い、この年はのちにヒジュラ暦元年と定められるのです。

 

イスラム教の神こそ唯一絶対!敵対者との戦争

ムハンマド率いるイスラム共同体(ムハンマドを長とするイスラム教徒を中心とした人々)は、周りの人々と同盟関係を組んだりしながら、急速に勢力を拡大していきます。メディナとメッカは戦争状態になりますが、628年、ムハンマドはフダイピーヤの和議によってメディナとメッカは停戦します。しかし、その停戦は2年ほどしか続かなく、630年に小競り合いがあった為、停戦は敗れ、ムハンマドは1万人の兵士を従え、メッカに攻撃をしかけます。予想以上の勢力となっていたイスラム教徒の軍に、メッカは争うことはせず降伏します。敵対してきた者たちにムハンマドは寛大な処置を行い、ほぼ全員が無実とされました。しかし、数名の多神教徒(=イスラムは唯一神信仰のためタブーとされる)は処刑されてしまいます。

 

 

様々な視点から見る!ムハンマドの評価について

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イスラム教は、キリスト教やユダヤ教と深いかかわりがあることは、「これなら分かる!イスラム教とは
」の章でお伝えしました。ムハンマドは皆さんにどう評価されていたのでしょうか。ここでは、イスラム教におけるムハンマドの立ち位置や他の宗教ではどうかなどをお伝えしていきます。

 

イスラム教公式宗派

イスラム教の教義(きょうぎ=宗教の教えの内容、主張)では、ムハンマドは唯一神(アッラーフ)からイスラム教徒に対して遣わされたものとされ、最大の予言者とされています。「ムハンマドは、神の使いである」というのは、信仰告白(シャハーダ)として、イスラム教徒の義務に位置付けられているのです。

 

イスラム教徒間

イスラム教徒間にもムハンマドは非常に敬愛され、一種の聖者という立ち位置です。ムハンマドの誕生日は、預言者誕生祭が開催されます。イスラム教徒の聖者崇拝においては、聖者を神の特別の恩寵(おんちょう=神のめぐみ)を与えられた者と考え、神の恩寵を受けられることが期待されているのです。

 

イスラーム神秘主義

内面を重んじるイスラーム神秘主義の人々にとって、「ムハンマドの光」と呼ばれます。神によって人類が想像される以前から存在していた「光」として、神にまず最初に創造された被造物から受け継いで人間として生まれ出たのだ、とされています。

 

キリスト教などの他宗教

 

キリスト教圏におけるムハンマド

カトリックやプロテスタント、英国国教会、正教会の違いはあるものの、キリスト教圏では、ムハンマドは「新 たな契約を結んだ(=新約聖書)イエスの後に余計なものを付け加えたもの」と映ることが多いです。

 

 ユダヤ教

ユダヤ教の内容を歪曲した新宗教を作り上げた人間とされています。

 

 バハーイー教

ムハンマドを預言者の一人として尊敬しています。

 

 シーク教

シーク教においてもムハンマドは預言者、聖者として高い尊敬を受けています。

 

 

世界史に名を残した男!ムハンマドに思いを寄せて

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いかがでしたでしょうか。イスラム教の創始者、ムハンマドについてご紹介してきました。また、イスラム教についても信仰内容や、お勤めなどご紹介し、イスラム教について理解が深まったと思います。これを機にムハンマドやイスラム教について調べていくと、より魅力が増すことでしょう。「イスラム教はなんだか怖い」というイメージを持たれている方もいるかもしれませんが、過激派はほんの一部で、ほとんどの人は平和を愛しています。一宗教として触れていくと、より身近に感じられるかもしれません。

 

 

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