ナポレオンの生涯やその強さの秘密、名言から関連作品まで完全解説!

さて今回は無類の強さを誇った事で有名なナポレオンの生涯からその強さの秘密、さらには名言から関連作品まで総まとめにてご紹介したいと思います。ナポレオンと聞くと、とにかく強いカリスマ的な指導者ぐらいしかイメージが浮かばない方も多いかと思います。実際にナポレオンはどんな人生で何をしたのだろうと、気になる方もいると思いますが、そんな人もこの記事を読めばもうバッチリです。分かりやすくポイントをまとめましたので、一つ一つ見ていきましょう。読み終わる頃には一気にナポレオンについて詳しくなっているはずですよ!

 

ナポレオンの壮大なる生涯について

 

ナポレオンの画像

ナポレオン/wikipediaより引用

まずはナポレオンのその生涯から見ていきましょう。どんな出来事があって、彼はあそこまでの戦績と人気を得るまでになったのでしょうか。51年という生涯の中での気になる出来事をピックアップしたので、ナポレオンの誕生から順に追っていきたいと思います。

 

0歳(1769年):コルシカ島にてナポレオン誕生

ナポレオンが生まれたのは、コルシカ島のアジャクシオという所です。母親はマリア・レティツィア・ラモリーノ、父親はカルロ・マリア・ブオナパルテです。ナポレオンは子宝に大変多く恵まれた家庭で育っており、12人もいる子供のうち4番目として誕生しています。

10歳になると陸軍の幼年学校に入学します。そして15歳になるとパリの陸軍士官学校の砲兵科に入学します。ナポレオンはこの頃から大変優秀で、通常は在籍期間が4年前後である学問の全課程を、わずか11ヶ月で卒業してしまいます。

 

16歳(1785年):まずは砲兵士官としてスタート

優秀な成績で士官学校を卒業したナポレオンは、砲兵士官として官職に任用されます。1789年になると、フランス革命が起こります。革命が起こった背景は財政危機であり、主な原因は戦争の戦費がかさんだ事でした。フランス国内の情勢は不安定となります。ただナポレオンはこの革命に関心は強くなかったそうで、それはコルシカ民族主義者だったからだと言われています。

そんなナポレオンが頭角を現すのは1795年のヴァンデミエールの反乱での事です。フランスの首都であるパリで起きた王党派の反乱を、見事に鎮圧してしまったのです。若干26歳だったナポレオンですが、この戦果が認められ、師団陸将にさっそく大抜擢されます。さらに国内軍副司令官、及び国内軍司令官の役職も手に入れ、ヴァンデミエール将軍の異名でも呼ばれることとなりました。

 

27歳(1796年):民衆の期待の星、ナポレオン

まずプライベートで大きな変化がナポレオンにありました。1796年にジョゼフィーヌ・ド・ボアルネとめでたく結婚します。でもその裏ではデジレ・クラリーとの婚約を反故にしていたりします。

そしてナポレオンはどんどん大役を任されます。なんとイタリア方面軍の司令官を務める事となります。フランス革命戦争が欧州各国を巻き込んでいる中、ナポレオンはイタリア側からの攻撃しオーストリアを攻略することが課せられた任務です。ここでナポレオン軍は期待に応え勝ち続けます。さらに講和交渉に入り、オーストリアとカンポ・フォルミオ条約も締結してしまいます。この際にナポレオンは政府に相談することなく臨んでいたようですから、まだ20代なのに肝が据わっています。これによって第一次対仏大同盟は崩壊することとなり、イタリア北部に広大な領土をフランスは獲得します。そして、数多くの衛星国が建設され、多くの戦利品も得ました。この頃にはナポレオンの名声は民衆まで広まっており、パリへ帰還した際には熱狂で迎えられたそうです。

そんな絶好調のナポレオンが次に向かった先は、エジプトです。その目的はイギリスとインド間の連絡を絶つ事です。これにはイギリスも必死に抵抗します。海上での戦いにとても強いイギリスは、アブキール湾海戦にてフランスに勝利を収めます。これにより、第二次対仏大同盟も結ばれ、フランス本国も危機に陥いる事となります。

 

30歳(1799年):第一統領に就任してしまうナポレオン

そんな混乱しているさなか、フランスへ一人戻ることをナポレオンは決断します。民衆からの絶大な支持を背景に、彼はクーデターを起こすのです。そして統領政府を樹立し、ナポレオン自らが第一統領に就く事に成功します。

統領になったナポレオンの功績としては、まず1800年のマレンゴの戦いが挙げられます。この戦いでは、フランス軍がイタリアに再び進行してオーストリアを撃破します。そしてリュネヴィルの和約を結びます。続く1802年にはイギリスとの間にアミアンの和を結びます。これにて第二回対仏大同盟は崩壊する事となります。

さらに内政面においてもナポレオンは改革を行います。まず全国的な税制度、行政制度の整備を進めました。それと同時に工業生産力の回復をはじめ、産業全般にも注力しました。フランス銀行の設立や、ナポレオン法典の作成及び公布がその代表的なものです。

 

35歳(1804年):皇帝ナポレオンの誕生

そしてナポレオンは、国民投票によって皇帝の座に就くこととなります。

このフランスの動きをヨーロッパ諸国は快く思っていません。1805年にイギリスを中心に再度、第三次対仏大同盟を結成します。そしてイギリスとの海上戦、トラファルガーの海戦でフランスは負けてしまいます。しかしアウステルリッツの戦いには勝利を収めます。これによって、フランスとオーストリアとの間にプレスブルクの和約が締結されることになります。第三回対仏大同盟は崩壊を迎えます。

1806年にはライン同盟を結び、それによってローマ帝国は崩壊します。続いてイエナの戦いやアウエルシュタットの戦いではプロイセン軍にナポレオン軍は大勝します。これによりフランスはプロイセンの領土の半分以上を奪う事に成功し、ウェストファリア王国を建てました。さらにナポレオンは東南部のプロイセン領に、ワルシャワ大公国も建国します。この頃には。現在のフランスやイタリア、ドイツにオーストリア辺りはフランスの領土か衛星国が広がっていました。

 

39歳(1808年):帝国も崩壊へ向かう事に・・・

絶好調だったナポレオンですが、帝国崩壊の足音も近づいてきます。まず、1808年にイギリスの支援を受けたスペインが反乱を起こします。ナポレオンはそれを鎮圧しようとしますが失敗します。

さらにロシア遠征にも失敗してしまいます。遠征のきっかけはロシアがナポレオンの出した大陸封鎖令を無視したためです。イギリスを弱体化させるための封鎖令でしたが、ロシアはイギリスへ密かに穀物を輸出していたのです。これにナポレオンは激怒しました。戦いも最初はフランス優勢でしたが、ロシアはこれに対して焦土作戦を行います。自らの国土をロシアは火の海にしてフランスに抵抗しました。これによりナポレオン軍は食糧不足もあり撤退を余儀なくされてしまいます。大勢いた軍勢も、大半は死傷し、残ったものも捕虜になり、無敵の印象の強かったナポレオンですが大きくそのイメージも崩れます。

さらに1813年にはライプチヒの戦いにてロシア・プロイセン・オーストリアの同盟軍にナポレオンはまた敗北します。

ついには1814年、諸国の軍にパリが占領されます。ナポレオンはエルバ島に島流しにされてしまいます。

 

46歳(1815年):ナポレオンの百日天下

このナポレオンの不在のフランスで、その後継者はどうしたのでしょうか。空いた皇帝のポストにはドイツに亡命していた、ルイ18世が即位する事になります。さらに今後の国境の統治をどうするかなどを含めて近隣諸国で話し合いが行われました。これはウィーン会議と呼ばれています。しかし、参加したどの国も自国に有利になるように話を進めたがるため、話がまとまりませんでした。その隙をナポレオンは見逃しませんでした。エルバ島から颯爽とフランスのパリへと舞い戻り、皇帝に返り咲きます。しかしそんな順調にはいかず、イギリス、プロイセン、オランダらの連合軍にワーテルローの戦いで敗れてしまいます。そしてナポレオンは今度は南太平洋のセントヘレナ島へ流されます。このナポレオンが皇帝に復帰した期間が僅か100日程だったため、百日天下とも呼ばれています。

 

51歳(1821年):セントヘレナ島にて最期を迎える

ナポレオンは、流されてしまったセントヘレナ島にて最期を迎えることになります。死因については公式には胃癌とされていますが、ヒ素による暗殺の可能性も指摘されています。壮絶な51年の人生が幕を閉じました。

 

ナポレオンの強さの秘密について

 

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次にご紹介したいのは、ずばりナポレオンの強さの秘密についてです。既にご紹介したナポレオンの人生からも、彼の戦争での無類の強さと能力の高さは伝わったかと思いますが、その具体的な強さの理由には何があるのでしょうか。そこにはきっと幾つかの秘密があるに違いありません。ここでは強さに関連する幾つかの要素を抜き出して、それぞれについて検証していきたいと思います。このまとめを読み終わる頃にはきっとナポレオンの強さの理由が明確になっているはずです。さっそく見ていきましょう。

 

ナポレオンが飛び抜けて優秀だった

ナポレオンは全ての面において優秀だったようです。当然、軍事的な戦略はずば抜けていましたし、政治や外交もお手の物でした。人間的な魅力も高かったようで、非の打ち所がないまさに完璧な存在だったと言えます。

戦績についてもナポレオンの生涯で度々触れてきましたがすごいですよね。最初は一人の砲兵士官でしたが、戦場に出れば快進撃が続きました。凄まじい戦績が積み重なっていくにつれて出世街道も邁進していきます。ついには35歳の若さで皇帝になってしまいます。

ナポレオンの強さを考える上で、やはりこのナポレオン自身の能力の高さは目を見張るものがあります。

 

国の土台がしっかりしていた

産業革命の初期段階にあった当時のフランスですが、武器の生産能力がヨーロッパで2位だったそうです。人口もロシアについで2位であったことから、フランスという国の土台も優れていたと言えます。

 

軍質が違った

ヨーロッパの他の各国はお金で兵士を、つまり傭兵として雇っていました。当然彼らは働きますがお金のために働いているので士気もそこまで高くありませんし、なによりも自分の命を大切にしました。

一方でフランスではフランス革命が起き、フランス軍は王政の支配から脱する国民革命軍でした。ですので士気も大変たかく、徴兵制によって兵士は必要に応じていくらでも動員できました。これは他国に比べて大きなアドバンテージと言えそうです。

 

民衆からの強い人気があった

自由と平等を掲げる革命軍としてナポレオンは戦争を行っていました。そのために、当時王政支配に苦しんでいた民衆から絶大な支持を受けていました。その人気は国内に限らず、国外にも及ぶものでした。戦争をしていれば食糧調達が必要な場面や、兵士の休息も考えなければなりませんが、多くの民衆が味方にいるとそのようなサポート面でも大変心強いです。

 

優秀な部下がいた

ナポレオンはなんと部下にも大変恵まれていました。複数の優秀な部下がいますが、ここでは厳選して数名ご紹介したいと思います。

・ルイ=ニコラ・ダヴー
このダヴーが率いた軍はなんと、生涯で全戦全勝を誇ったそうです。そのあまりにも強い様から、「不敗のダヴー」との異名も付いています。さらに行政面や管理能力でも優秀だったそうで、まさに完璧な部下です。

・ジョアシャン・ミュラ=ジョルディ
この方は伝説的な騎兵指揮官で、「世界最高の騎兵」とも呼ばれています。サーベルの扱いも達人級で、どんな戦場でも勇猛果敢に飛び込んでいったそうです。さらに甘いマスクで女性ファンも多かったそうです。

・アンドレ・マッセナ
軍事指揮官として大変優秀な方です。「勝利の女神の申し子」とも呼ばれており、ナポレオンからも高く評価されていました。人柄としては独占欲が強く、成果に貪欲だったそうです。また、かなりの女好きで、戦場には男装させた愛人を連れ歩いていたそうです。

ここまでの理由も分かるように、ナポレオン陣営には全く隙がないですよね。圧倒的な強さにはしっかりとした理由があることが分かったと思います。

 

 

ナポレオンの名言5選

 

ナポレオンの画像

ナポレオン/wikipediaより引用

続いてはナポレオンの名言5選をご紹介したいと思います。そのカリスマ性溢れる扇動力で数々の勝利を収めてきたナポレオンですが、実は数々の名言も残している事をご存知でしたでしょうか。そんなナポレオンの名言には一度は誰もが聞いた事があるであろう、あの名言も含まれていたりします。今回は厳選して5つの名言を見ていきますので、是非行き詰まった現状を打破するヒントを探してみてください。

 

1.まずはじっくりと考えろ。でも行動する時が来たのならば、考えるのを止めて、進め。

じっくり考えるのは得意だけれど、なかなか行動に移せない。そんな悩みを持っている方が多いような気がします。実際に物事を決断して行動に移すのは、言葉で言う以上になかなか難しいものです。失敗したらどうしよう、周りから変に思われるのではないか、間違った選択なのではないかなど、足を鈍らせる理由や言葉がたくさん浮かんでしまうからです。しかし常勝のナポレオンは行動する時が来たならば前に進めと、悩める我々の肩を押します。行動してみることで初めて得られる経験や分かる事もあるはずです。勇気はいりますが、時が来たならば前進してみましょう。

 

2.勝利というのは、私の迅速果敢な行動にこそある。

なんともカッコいい名言です。常に勝つことにこだわったナポレオンだからこそ言える言葉でしょう。敵に勝つためにただひたすらに戦略をねるだけではなく、すぐに行動に移したのがナポレオンだと思います。またナポレオンに限らず、物事で成功したり結果を残している人は、「行動派」である事が大変多いと思います。すぐに行動に移さないと周りに先を越されてしまうだけでなく、自分の温めていたアイデアも使われてしまうかもしれないからです。思い悩む事が多い人は、試しに行動してみるという選択肢も入れてみると良いかもしれません。

 

3.リーダーというのは「希望を配る人」の事である。

世の中のリーダーと言う人に読んで聞かせたいような名言だと思います。課題や目標を提示して、高説を垂れるリーダーは多くいるように思いますが、なかなか希望を提示できるトップというのは少ないように思います。やはり課題の先にはどのような未来が待っているのか、困っている事がどのように変わるのか、どのいった報酬が得られるのかといった希望が下で支えるものの立場としては一番気になります。希望が明確になり、それが自分の求めているものと同じならば、きっと今まで以上に頑張ろうという気になれるはずです。

 

4.我輩の辞書に、「不可能」という文字はない。

これは大変有名な名言だと思います。他の名言は聞き覚えがなくても、この名言だけは知っているという方も多いのではないでしょうか。不満や出来ない事を並べて部下に押し付けるリーダーが多い一方で、ナポレオンは違います。そもそも「不可能」という考えがないのです。そういうリーダーであれば、どのような難しい課題でも全て前向きに建設的な指示をしてくれることでしょう。下で働く者としても士気が高まりますし、自分もやってやろうという気分になれます。

 

5.最も大きな危険というのは、勝利したその瞬間にこそある。

勝って兜の緒を締めよといいますが、この名言はまさに同じことを諭してくれているように思います。物事がうまくいっている時こそ一番危険だということを、ナポレオンもよく知っていたのでしょう。このような油断をしない姿勢があったからこそ、度重なる戦いにおいても勝利を収める事ができたのではないでしょうか。最近、物事が順調にいっているという人も今一度立ち止まって気を引き締めるようにしましょう。

 

 

ナポレオンが題材の作品について

 

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最後はナポレオンが題材となった数々の作品についてご紹介します。歴史上の人物はそれはもう数多くいますが、その中でもナポレオンは飛び抜けて多くの作品の題材となっているそうです。映画への登場回数はなんとギネスブックにも載っているそうです。彼の人気ぶりが伺い知れますよね。もちろん、映画以外にも伝記や漫画、ゲームまで幅広い創作作品へ影響を与えています。一部ではありますが、どういった作品があるのか順に見ていきましょう。

 

ワーテルロー(映画)

その名の通り、ワーテルローの戦いを主題にした映画です。この戦いはフランス皇帝であるナポレオンとイギリス軍司令官のウェリントン公の戦いです。実際の戦いの状況が細かく描かれており、実際の撮影には当時のソ連軍が全面協力したそうです。CGでは表せない大迫力の戦闘シーンがこの映画の最大の見せ場となっています。

 

眠らない男・ナポレオン -愛と栄光の涯に-(演劇)

ナポレオンを題材にした、宝塚歌劇団のミュージカル作品です。この作品は宝塚歌劇団創立100周年の幕開け公演でもありました。作品の作曲はフランスの作曲家であるジェラール・プレスギュルヴィックさんが担当しており、日仏合作のミュージカル作品になっています。

 

ナポレオン―英雄の野望と苦悩(伝記)

ナポレオンの実像に迫った世界的にも有名な名著です。ナポレオンの生誕からその最期までの劇的な全生涯が詳しく語られます。ナポレオンの内面の心理状態にも焦点を当てているのがこの作品の大きな特徴で、様々な大事な局面でのナポレオンの心理描写は読みごたえたっぷりです。

 

ナポレオン -獅子の時代-(漫画)

※参考
長谷川哲也さんによる歴史漫画になります。ナポレオンの生涯を扱った内容になっています。この漫画は2003年から、ヤングキングアワーズにて連載が開始されました。この作品はアウステルリッツの戦いから物語が始まりますが、その後はナポレオンの誕生直前にまで話が遡ります。そして以降はブリュメールのクーデターに至るまで描かれており、ナポレオンの生涯に沿った構成がこの漫画の特徴です。

 

ナポレオン戦記(ビデオゲーム)

1988年にアイレムが発売した、ファミリーコンピュータ用のゲームソフトになります。ゲームの内容としては、フランス皇帝のナポレオンに代わってフランス軍を率いヨーロッパ諸国を平定するシミュレーションゲームになっています。リアルタイム制でゲームは進行し、敵部隊とぶつかると戦闘になります。ストーリーも複数用意されており、「ライプチヒの戦い」を勝利すればエンディングとなります。

 

まとめ:壮大なるナポレオンの人生

 

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さて今回はナポレオンの生涯からその強さの秘密、さらには名言から関連作品まで総まとめにてご紹介して参りましたが、いかがでしたでしょうか。その壮大なるナポレオンの人生に改めて驚かれた方も多いのではないでしょうか。ご紹介したもの以外にも多くの創作作品にて彼が題材にされてしまうのも頷けますよね。彼の生涯に思いを馳せるもよし、名言から生きる指針を盗むもよし、ナポレオンという偉大な男に今一度、敬意を払いたいものです。

 

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