人類の歩んだ歴史!世界史の流れをスラスラ学ぼう!

最初の人類が誕生したのが、およそ540万年前といわれています。この時から現代にいたるまで、私たち人類はいかにして生きてきたのでしょうか。世界史を学ぶことにより、私たちの祖先の足跡を知ることが出来ます。この記事を通して世界史の流れを一緒に学びましょう。

世界史の流れを学ぶ

世界史とは、人類が誕生してから現在に至るまでの歴史です。それは長きにわたる人類の営みの積み重ねであり、人々が遺してきた記録の山です。世界史を学ぶことで、人は何を考えて生きてきたのかを知ることができ、また現代を生きる私たちが、生き方のヒントを得ることもできます。歴史は本当に面白いもので、多くの人を魅了してやみません。そんな歴史の大きな流れをこの記事を通して学びましょう。

人類史のはじまり

そもそも「人」とはいったい何なのでしょうか。諸説あり論争は絶えませんが、一般的には人類と他の動物との区別は直立二足歩行が基準となります。その直立二足歩行を始めた人類が登場したのが540万年前のことで、その名をアウストラロピテクスといいました。これが最古の猿人でありアフリカ大陸で化石が発見されました。

200万年前から100万年前、猿人はアフリカ大陸からユーラシア大陸に生活の場を広げました。その後、約50万年前になると原人が登場します。北京原人、ジャワ原人が著名であり、彼らの脳容量は猿人の約2倍(約1,000ミリリットル)あったと推定されています。彼らは洞穴や河岸に住み、クリやカシなどの種実類の採集や狩猟を行っていたことが知られており、また礫石器や火を使用していたことも確認されています。

約20万年前、旧人が現れます。ネアンデルタール人をはじめとする旧人の脳の容量は現世人類とほぼ同じ(1300~1600ミリリットル)で、剥片石器の使用が認められます。旧人が活動していた時代は氷河期にあたっていたため、炉を備えた住居に住んだり、毛皮の衣服を着るなどの生活上の工夫がみられます。旧人は死者の埋葬もしており、人々で協力をしながら生活をしていたことがうかがえます。

そして、現生人類が登場するのは約4万年前のこととされています。化石人骨ではクロマニョン人が確認されています。クロマニョン人が描いたと考えられる壁画が、フランスのラスコーやスペインのアルタミラで発見されています。

四大文明の興り

現生人類は、徐々にではありますが、狩猟や採集といった獲得経済から、農耕や牧畜などの生産経済へと移行していきます。その中でも、狩猟や採集が難しい砂漠や乾燥地帯などの地域で、農耕に必要な水が豊富な大河付近の人類がいち早く集住をはじめ、そこで農耕や牧畜を行うようになりました。こうして人類は一定の食料を安定して生産できるようになったのです。

そして、その営みが次第に文明へと発展して行きました。代表的な文明として、「エジプト文明」、そしてインドの「インダス文明」、今のイラン周辺に位置する「メソポタミア文明」、中国の「黄河文明」が挙げられ、これらを総称して世界四大文明と呼びます。

古代~古代帝国の勃興~

古代には世界の各地で帝国が建設されました。代表的な帝国として、西洋ではペルシャ帝国やローマ帝国、東洋では中国の周や漢が挙げられます。いずれの国も中央集権的な体制で、世界と交易をして栄えました。

しかし、地球上の各地で民族が移動を始めると、帝国は急速に衰退していきました。古代帝国は、このような周辺民族の移動に悩まされてきました。有名な民族大移動は、ゲルマン民族の大移動です。ローマ帝国は、周辺のゲルマン民族が移動してなだれ込んできたことで、政情が不安定となり、ついには滅亡してしまったのです。

中世~封建制度の発達~

中世は、古代の次の時代区分です。世界中で封建制度が積極的に導入された時代が中世といえます。西洋における中世は、一般に5世紀から15世紀、西ローマ帝国滅亡(476年)のあたりから東ローマ帝国滅亡(1453年)のあたりとされています。西洋ではゲルマン民族の支配やペストの流行、異端審問があったことから「暗黒時代」と呼ばれます。

しかし中世の後半になるとイタリアを中心にルネサンスの興隆がみられるなど、新たな文化を生み出した時代でもありました。そのため、中世を「暗黒時代」と見るか意見の対立がありますが、一般的には西洋の中世を「暗黒時代」とみなす風潮はなお根強くあります。

今度は、東洋における中世を見ていきましょう。まず、日本では荘園公領制が確立した院政期(1100年頃以降)から鎌倉時代を経て、室町幕府の滅亡(1573年)あたりまでを中世ととらえるのが有力な考え方です。この間、日本では主に武士が政権を担い、武家の文化が花開きました。

中国では、魏晋南北朝時代(184年から589年)から唐(618年から907年)中期までを中世とする説が有力です。後漢から隋を経て唐に至るこの期間には、漢詩をはじめとする文化や芸術が大いに発展しました。

近世~大航海時代と海上ネットワークの広がり~

中世の次の時代区分が近世です。西洋史上では東ローマ帝国の滅亡(1453年)及び、ルネサンス・宗教改革・大航海時代あたり(15世紀 – 16世紀前半)から、市民革命・産業革命の時代の前あたり(18世紀後半 – 19世紀初頭)までを指します。

フランスでは、16世紀からフランス革命を指し、ドイツでは、神聖ローマ帝国の崩壊(1806年)あたりまでを指します。この近世の間に、大航海時代がおこり、海上交易が大いに繁栄しました。そのため、海上ネットワークが広がり、世界のつながりが深まりました。

一方、日本では安土桃山時代から江戸時代にかけてを近世と呼んでいます。この間、庶民の文化が大いに発展しました。芸術や文芸文化においても、江戸時代の作品は大衆的なものが多く見受けられます。

近代~産業革命と帝国主義~

近世の次の時代が近代です。近代は、ヨーロッパの列強が世界進出した時代です。一般に西洋史では、 15~16世紀以降から第二次世界大戦終結(1945年)までを近代と呼び、ルネサンス、大航海時代、宗教改革などがその幕あけとされています。

近代を象徴する要素としては、ヴェストファーレン条約から始まる主権国家体制の成立、市民革命から誕生した市民社会の成立、産業革命の結果としての資本主義の成立、ナポレオン戦争の影響による国民国家の形成等、現代世界につながる社会のあり方です。世界史的な規模においては産業革命が近代の転換点とされ、これによりヨーロッパ先進諸国は一気に力をつけ、非ヨーロッパ諸地域の支配、植民地化を進めました。

中国では、19世紀中期のアヘン戦争前後からを近代としますが、その萌芽は 17世紀初期の明代末に生じています。西アジアでは、イスラム諸王朝の「改革」を近代の起点とすれば、エジプトでは 18世紀末におけるムハンマド・アリー朝の成立、トルコでは 1839年に発せられたギュルハネ勅令、イランでは 1906年の立憲革命などをその時期と考えることができます。

日本では、江戸幕府が崩壊した明治維新以降を近代と呼ぶのが一般的です。明治維新をもって資本主義化、市民社会化への出発点とするからです。そして、近代の終りを第2次世界大戦後におき、それ以降を現代と定義しています。

現代~第二次世界大戦後の世界とグローバリゼーション~

現代とは第二次世界大戦後から現在までの時代を指します。現代に起こった特筆すべき出来事は、アジアやアフリカの国々の独立とソ連の崩壊です。

近代以降、産業革命によって力をつけたヨーロッパは、帝国主義の名のもとにアジアやアフリカの国々を次々に植民地化していきました。世界の国々のほとんどが、ヨーロッパの植民地となってしまったのです。そして、長い間植民地支配を受けることを余儀なくされました。しかし、第二次世界大戦が終結すると、植民地を所有していたヨーロッパの国々は力を失い、ようやく独立のチャンスが巡ってきます。そうして、インドや東南アジア諸国をはじめ、アフリカの国々は独立を達成していったのです。特に1960年は17ヵ国ものアフリカの国々が独立したため、「アフリカの年」と呼ばれています。

現代史のもう一つの大きなターニングポイントは、ソビエト連邦の崩壊です。ソビエトは共産主義の国で、第二次世界大戦後にはアメリカと軍事力や科学技術力で競いあいました。実際の戦闘にこそ発展しませんでしたが、両者の軍拡競争は激しさを極め、これを「米ソの冷戦」と呼びました。この冷戦時代、世界は自由主義と資本主義を掲げるアメリカ陣営と、共産主義を掲げるソビエト陣営という2つのグループに分かれました。冷戦は1945年から1989年まで続きましたが、その間、共産主義のソビエト陣営では、圧倒的に経済力で立ち遅れたことに加え、市民の自由を抑圧していたため、民衆の不満が爆発しました。それが引き金となり、ベルリンの壁の崩壊や東欧革命といった民主主義を求める声が高まり、ついにソビエト連邦は崩壊してしまったのです。

ソ連崩壊後の世界は、急速にグローバリゼーションが進んで行きました。グローバリゼーションとは、社会的・経済的に関連する事柄が、旧来の国や地域といった境界を越えて、地球規模に拡大して、大小様々な変化を引き起こす現象です。グローバリゼーションには、世界中の異なるモノ・コト同士が強く結びつくというメリットがあります。しかし、その一方で、自国の農業や工業が脅かされ、多国籍企業に利益が集中し、世界規模で貧富の拡大が進んでゆく、といったデメリットもあります。そのため、グローバリゼーションによって発生した様々な社会問題への反発から、「反グローバリゼーション運動」の発生が世界各地で見られます。

世界史を学ぶ意義とは

私たち人類は、誰しも間違えたり、進む道がこれでいいのかと迷う事がしばしばあります。そんなときに先人が、どのように考えて生きてきたのかを知ることは、私たちが生きる上でのヒントとなります。特に、歴史上幾多の苦難を乗り越えた人々の生き様は、私たちに勇気を与えてくれます。もしも、つまづきを感じている人がいたら、少し立ち止まって、歴史を学んでみてはいかがでしょうか。ひょっとしたら、道が開けてくるかもしれません。

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