李信の生涯と功績に迫る!「キングダム」の主人公はどのような武将であったのか?

キングダムの主人公としても描かれている李信は、史実では全戦全勝の武将ではありませんでした。秦の武将として戦いに赴いた時、敵に裏をかかれ大敗を喫したこともありますが、秦王に許されています。珍しく秦王からの信頼が厚かったのでしょうか。

勇者として名高い王翦の影に隠れがちではありますが、李信も幾つかの国を滅ぼす武勲を挙げており、秦の天下統一に貢献しています。その李信の生涯と功績に迫ります。

キングダムの主人公、李信とはどんな人

李信が史実として初めて登場するのは紀元前229年のことです。秦が趙と対峙した時に、趙の太原に出征した秦の将軍として登場します。

李信の登場した春秋戦国時代は、中国は七つの国に別れて500年の戦乱の時代にありました。秦、斉、趙、魏、韓、燕、楚、この国々の中で天下を取るのが、中国の西の外れに位置していた秦です。秦の王は政と言い、後の始皇帝です。この始皇帝に仕えるのは、有能な将軍達です。李信はその中でも、始皇帝のお気に入りの将軍で、大きな信任を集めた人物でした。

人気漫画「キングダム」では、秦の少年で、飛信隊の隊長となる信を主人公として描いていますが、公式ガイドブックの「キングダム英雄列伝」では、信が李信であることを明記しています。

李信の功績

李信の主な功績は、燕と代(趙の滅亡後に趙の王族が代に逃れて樹立した政権)と斉を滅ぼし、秦の天下統一に貢献したことです。楚との戦いでは、敵の術中にはまり、負けも経験しています。

この時代では、戦争に破れた将軍は処刑され、一族も財産を没収された上奴隷にされるという運命に落ちるのですが、李信はそれを免れています。秦王のお気に入りだったことが大きな理由となり、身分を剥奪されずに済んだようです。

斉は、秦に抵抗しない素振りを見せていたこともあり、何の問題もなく征服しています。以下では、燕の滅亡と、楚との戦い、代・斉の滅亡について詳しくご紹介します。

燕都を攻略し滅亡させる

燕は、秦の大将軍王翦と李信が趙を征服したことで焦りを感じます。秦の軍勢が燕にも届きそうな勢いに困った燕は計略を考えます。燕の太子丹が首謀となり、秦王の暗殺を目論むのです。送り込んだ刺客は、もう一歩の所で秦王に躱されてしまい、秦王を怒らせる結果に終わります。

怒り狂った秦王は、ただちに報復として、王翦と王賁に軍勢を与えて燕に攻め込みます。燕は先に攻撃を仕掛けてきましたが、王翦は易水の西でこれを破り、王賁は燕都を陥落させます。李信は約1000の兵を率いて燕軍を追撃し、太子丹の首を取ります。

燕王は遠い遼東まで逃れたことで、燕は軍事力がなくなり、実質的に滅亡となります。歴史上は、これが李信の最初に挙げた大手柄となります。これ以後、李信は秦王のお気に入りとなったようです。

楚との戦・大勝と大敗

秦王は、燕を滅ぼす前から、次は楚を攻めたいと思っていたようです。秦の将軍である王翦と李信それぞれに、楚を討つには兵力はどれくらいいるかと秦王は問います。李信は「20万」と答え、王翦は「60万」だと答えます。それを秦王は聞いて、王翦は臆病で耄碌したものだと判断し、李信を総大将として、彼に20万の軍勢を与えて楚を攻めにかかります。この後、王翦は将軍の座を居りて一度隠居します。

李信は蒙恬を連れて楚討伐に行きます。二人は別行動で楚を攻めました。李信は平與、蒙恬は寝を攻撃し、楚軍に大打撃を与える事に成功します。さらに李信は郢をも陥落させ、後憂を断ちます。李信と蒙恬は合流するために父城に向かいますが、楚の将軍、項燕が密かに追撃していることに気付かず、後ろをつかれます。楚軍に背後から急襲された李信軍を、二つの塁壁を破られ、7人の武将を失う大敗を喫します。李信の楚討伐は失敗に終わり、李信は秦に逃げ帰ります。

その後、秦は王翦を大将とし60万の兵を彼に預けてもう一度楚に戦を挑みます。そして楚王を捕虜にし、楚を滅亡させるのです。

代・斉を滅ぼす

紀元前222年に、李信と王賁は燕王が逃げた先で樹立した遼東政権を攻め、燕王を捕虜とし、これを討伐します。さらに、代を攻め、代王を捕え、代を滅ぼします。

秦王は、戦国7雄のうち5国を滅ぼしたことを祝して、各地で酒宴を開かせます。最後に残った斉は秦と友好的でしたが、秦王は容赦しませんでした。秦と斉が勝手に国交を断って国境を閉ざしたとし、秦王は李信と王賁の軍に命令し斉に騙し討ちを仕掛けさせるのです。その頃燕にいた李信と王賁の軍は、燕から南下して斉をあっというまに斉都を包囲し、降伏させます。そしてついに秦は天下統一を成し遂げるのです。

まとめ

秦王から楚を攻める兵力を問われて20万と答えた李信ですが、20万で倒す自信があったというより、20万で倒してみせるという虚勢があったのではないかと想像できます。手柄を立てて武勲を挙げたいという気持ちは、戦国時代の武将であれば皆持っていました。同じ将軍の王翦には負けたくないという気持ちもあったでしょう。

戦の結果は大敗となりますが、その心意気は勇敢でありました。一度は奇策に負けてしまった李信ですが、その後も地位を剥奪されず秦王に武将として仕え、天下統一のために大きな功績を挙げていったのです。

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