夏目漱石とは?則天去私を理想とした生涯と代表作について

1000円札の顔にもなり、国語の授業でもたびたび紹介される夏目漱石。代表作は紹介されても生い立ちや生涯については触れないことが多いと思います。夏目漱石がいかにして明治〜大正を代表する文豪になったのか。代表作7作を交え紹介していきます。

夏目漱石の生涯

ここでは夏目漱石の生い立ちから作家になるきっかけ、晩年に思い描いていた則天去私について紹介します。

生い立ち

1867年に漱石は現在の東京新宿区に生まれます。本名は金之助と言いました。生まれた翌年に江戸幕府が終わり、夏目家は没落しました。

その影響からか、幼少期の漱石は生後まもなく里子に出されます。1歳の時には父の友人である塩原家の養子となります。9歳で養子先の両親が離婚し生家に戻ることができます。しかし、実の父親と養子先の父親の仲が悪く、21歳になるまで夏目姓を名乗ることができませんでした。

こうした家庭環境の変化により、幾度も住まいを転々とします。中学時代には2度の中退をしますが、学業には励み高校の時には常に主席でした。東京帝国大学に入学しても秀才ぶりは変わらず、特待生にも選ばれています。大学卒業後は、教師として松山や熊本の学校で教鞭をふるいます。

イギリスへの留学

漱石は文部省の命により、34歳の時にイギリスへの留学をします。関心を寄せていた文学ではなく、英語研究のための留学に躊躇していた漱石ですが、最終的には留学を決意します。

漱石にとってイギリス留学は苦悩の日々でした。日本の文化を重んじていた彼にとって異国の文化についての研究は苦痛でした。漱石はノイローゼに陥ってしまい、被害妄想も考えるようになります。

長い苦悩を経て、日本の封建主義からの逸脱を考えます。このイギリス留学での経験は、漱石の小説にもちらほらと影響が垣間見えます。

作家になるきっかけ

イギリス留学から帰国した漱石は教師になります。しかし、教える内容が硬いものばかりで生徒の不満が多い上に、教え子の入水自殺もあり、漱石はまた精神に異常をきたしてしまいます。

そんな時、大学時代の同級生で、正岡子規に師事していた高浜虚子に精神を安定させるために小説を執筆することを勧められ、代表作となる「吾輩は猫である」を執筆することになります。作品は好評価を受け、朝日新聞に入社し文豪として活躍していくことになります。

理想とした則天去私とは

晩年、漱石は則天去私を思想とし、長い人生の最期にその域に達したと言っています。則天去私とは、私心を捨て自然に身を委ねるという考え方です。漱石の最後の作品「明暗」は則天去私を実践させて書き上げたものだとされています。

漱石は神経質な性格とストレスに弱いことから胃腸を悪くしていました。最後は胃潰瘍による大量出血で亡くなりますが、亡くなるまで5回の胃潰瘍を患うほど虚弱だったようです。

代表作

夏目漱石は作家人生で数々の作品を執筆しています。ここでは、代表作の中から7作紹介していきます。

吾輩は猫である

漱石の処女作で、飼っている人間達の会話や行動を猫の視点で書かれています。猫視点からの人間はこう見えている考え方はユーモア溢れるものでしたが、猫が喉にお餅を詰まらせ苦しむ描写などの小ネタが面白いと感じる方もいます。作品は1回で完結する予定が好評で連載することとなり、続けるのが煩わしくなり猫を殺して終わらせたとされています。

坊ちゃん

坊ちゃんは漱石がわずか10日間で執筆した作品です。主人公の教師が陰湿な教頭や生徒からのいじめにも臆せず自分の意思を貫いて戦う姿を描いています。

物語では、母性の重要性が強調されており、両親からの愛を貰えなかった主人公に愛情を注いだ奉公人清の存在が主人公に気付きを与えています。主人公の生き方を理解し、愛情を注いでくれたおかげで主人公は陰湿ないじめにも心を落とさずにいられたのでしょう。

草枕

物語は、主人公の芸術家が芸術に思いをはせ旅に出るところから始まります。主人公は旅の途中で1人の女性に出会い惹かれていきます。

ある時、彼女から絵を描いてほしいと頼まれます。主人公は描くには何かが足りないと悩みます。最終的には、彼女が戦争に向かう元夫を見送る姿から垣間見えた、儚さこそが足りなかったものであると気付きます。

漱石の独特の芸術観が芽を出し始めている初期の素晴らしい作品です。

二百十日

物語は主に主人公である圭と友人の碌の会話が中心になっています。2人は、旅行で訪れた阿蘇山に登るつもりでいましたが、立春から210日過ぎた9月1日前後は1年で一番気候が荒れると言われています。それでも2人は登り始めますが、天候の悪さと自然の猛威に見舞われ、断念することになります。

阿蘇山の大自然に2人が投げ出され何もできない無力さを、当時の明治時代の権力主義な部分に投影した、漱石のメッセージだと言われています。作中では、2人の会話の描写が多く、漱石が新たな小説の形を模索した小説となりました。

夢十夜

物語は、タイトルの通り10個の夢のお話です。最初の第一夜では、枕元に女性が現れ100年待っていて下さいと死ぬ間際に約束され、主人公は彼女のお墓を堀り待ち続けますが一向に経たず騙されたと思い始めますが足元から百合の花が咲き始め100年経った事を悟るのです。

第一夜は10個の夢の中での唯一のハッピーエンドなお話です。作品を通じて夏目漱石は、明治の芸術に対する自身との食い違いを指摘し、小説に落とし込んでいるとされています。また、人の人情をリアルに書いてきた夏目漱石にとって夢十夜は幻想的でありとても珍しい小説の1つです。

それから

物語は、主人公代助が親友平岡の奥さんである三千代を愛してしまい、親友の奥さんにも関わらず奪おうとする略奪愛がテーマの物語です。

漱石は作品の中で、個人の思想の自由と道徳の間に揺れるいかにも人間らしい主人公を描いています。後述の「こころ」もそうですが、自我と社会的道徳の間に揺れる個人というのが漱石の作品の大きなテーマとなっています。

こころ

物語は、「先生」と呼ばれる主人公が過去に信頼をしてくれていた友人を裏切る形で結婚をし自殺にまで追い込んでしまいます。先生はそのことを深く後悔し、過去の罪を背負ったまま亡くなっていきます。

この作品は構成が非常に面白く、最後は先生の遺書の内容がひたすらに描写されて終わります。

一見泥沼化した恋愛ドラマに見えますが、漱石が背景に描いているのはもっと大きなものです。ちょうど明治から大正に移り変わる時代を機敏に捉え、過ぎ去っていく時代への想いを、恋愛ドラマという形に落とし込んでいるのです。

まとめ

夏目漱石は41歳で小説家になり、亡くなるまでの9年間に日本を代表する作品を数々執筆しました。人の人情をリアルに描いた作品は今もなお絶大な人気を誇ります。今までの古い慣習に新たな風を吹き込んだ夏目漱石は小説のこれまでの概念を壊した文豪であると言えるでしょう。

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