太宰治の生涯と代表作を紹介!70年以上も人気の落ちない昭和の文豪について

 

昭和初期の文豪である太宰治は、作品を読んでなくても名前は聞いたことはあると思います。

代表作である「人間失格」や「走れメロス」などの太宰治の金字塔とも呼べる作品は現代でも映画化や漫画化されるほどの人気があります。

没後70年以上経った今でも人気の衰えない作品を数多く執筆した太宰治とはどのような人だったのでしょうか。ここでは太宰治の波乱の生涯と代表作を8作品ほど紹介していきます。

太宰治はどんな人

太宰治は昭和初期の小説家で、本名は津島修治といいます。青森出身の太宰は、感受性が強い性格で、常に精神が不安定だったそうです。また、愛情に恵まれず人間不信だった彼は、愛に飢えていました。

「山椒魚」などで有名な井伏鱒二に師事し、第二次世界大戦後は自虐的、反俗的な作品を多く発表し、坂口安吾や織田作之助らとともに無頼派の代表作家とされています。

左翼活動の挫折後は自殺未遂や薬物中毒などを繰り返し、1948年6月19日に玉川上水で入水自殺しました。

代表作として「走れメロス」や「人間失格」などが挙げられます。

太宰治の生涯

ここでは壮絶な人生を送った太宰治の誕生から入水自殺するまでの38年間を紹介していきたいと思います。

誕生~学生時代

太宰治は1909年に11人兄弟の6男として青森県金木町(現在の五所川原市)の大地主の家に生まれます。母は病弱であり父は仕事で忙しかったため、幼少期は乳母と叔母に育てられました。そのためか実父母の愛情を十分に受けられず、精神不安定な性格は後々までと引きずりました。寂しさを紛らわせるためか読書に熱中し、小学校では作文力で教師を驚かせたといいます。14歳の時には父と死別し、実家を離れて下宿生活を送りました。

文学の道へ

16歳の頃にはエッセイを同人雑誌に書き始めて、高校では芥川龍之介や泉鏡花に傾倒し、中高を通して書き記した作品は200篇にも及びます。

18歳の時、尊敬していた芥川龍之介が自殺し、太宰治はその後の人生に影響が出るほどの衝撃を受けました。この頃から学業を放棄し、花柳界(芸者などの社会)に出入りを始め、芸姑の紅子と出会い、仲を深めていきました。読書好きは相変わらずで文学の道に進もうと、すでに決意を固めていました。

自殺未遂

1929年に弟の礼治が敗血症でなくなり、同年カルモチンの大量摂取で太宰治は自殺を図りましたが、昏睡状態にまでなったものの失敗に終わりました。自殺の原因は思想上の苦悩や学業、芸姑との結婚問題だったそうです。その後東京帝大(現在の東京大学)仏文科に入学し、井伏鱒二の元へ師事しました。翌年、銀座のバーの女給であった田辺あつみと鎌倉の海岸で心中自殺を図るも女性のみ死亡し、太宰治は2度目の失敗を経験しました。その後は小説を書くことに必死で学業をおろそかにしていた為、都新聞社の入社試験を受けるも失敗し、絶望して自殺を図るも未遂で終わりました。

芥川事件

その後、太宰治は急性盲腸炎で入院し、その苦痛を和らげるためのパビナール(麻薬性鎮静剤)が習慣化していきました。第1回芥川賞の最終候補に太宰治の作品があがるも落選し、川端康成と口論になりました。1936年には佐藤春夫の勧めにより、パビナール中毒の治療のため入院しますが、隠れて飲酒やパビナールの摂取を行い、10日間ほどで退院させられます。その後、太宰治の「晩年」が第3回芥川賞の候補にあがるも結果は落選で、佐藤春夫に裏切られたと思った太宰治は楽屋噺を暴露し、これには佐藤春夫自身も応酬しました。

これら一連の出来事は芥川事件と呼ばれます。

人間失格の烙印

その後、井伏鱒二らに説得され武蔵野病院に入院します。中毒は根治するも自らに人間失格の烙印を押しました。退院後に妻の初代と谷川岳で図った心中も未遂に終わり、離別することになりました。その後は石原美和子と結婚するも、何人もの女性と関係を深めていました。その頃に出版した「斜陽」は斜陽族という流行語が誕生するほどベストセラーになりました。

「人間失格」の執筆に取り掛かるも体は徐々に弱っていき、1948年6月13日に玉川上水で美容師の山崎富栄と心中自殺をしました。この日は桜桃忌として今でも太宰治を偲ぶ会が開催されています。

太宰治の代表作8選

ここでは太宰治の代表作を8作品ほど、簡単なあらすじとともにどんな作品か紹介していきます。

パンドラの匣

パンドラの匣は、太宰治のことを尊敬していた木村庄助が病床で書いた日記がもとになった療養所を舞台とする作品で、結核の20歳男性の恋愛模様や成長を描いた作品です。

太宰治後期は陰鬱な作品が多いのですが、日記のお返しが小説となっている本作品は太宰治の粋な部分を感じることのできる明るい作品となっています。元々は1943年の「雲雀の声」がベースとなっていましたが、印刷所が空襲により本が全焼してしまった為、校正刷の残った一部分から執筆したものになります。

富嶽百景

1938年の秋頃、旅に出た「私」は師である井伏鱒二が滞在する甲州御坂峠の天下茶屋に身を寄せました。そこは富士がよくみえる場所でした。あまり良い印象を持っていなかった富士に対する思いが旅先での出会いや自己対話により変わっていった「私」の思いの変化を書いた作品となっています。

この作品は実際に太宰治が経験したことを短編小説にしていると言われています。この当時の作品はユーモラスで明るく健康的な作風になっています。

走れメロス

メロスは正義感が強く、暴君の王に対して激怒してしまいました。その結果、メロスは死刑を宣告されますが、妹の結婚式に出るために親友のセリヌンティウスを人質にし3日間の猶予をもらいました。メロスは親友のために、一睡もせずに走り続けますが処刑場に間に合うのでしょうか。

この作品は小中学校の教科書に採用されており、一度は読んだことのある方も多いと思います。文体は読みやすく設定も難解なものではありません。「メロスは激怒した」といった感情的な導入文や美しく巧みな文章など見どころが多い作品となっています。

津軽

1944年、出版社から旅費をもらった太宰治が出身の津軽への旅行を計画します。久しぶりに故郷へ帰ることになった太宰治は、津軽各地で懐かしい人々と再開し、自分の子守をした越野たけを探し当てます。

その津軽旅行が本作の題材になっていて、自伝小説ではなく一部フィクションになっており小説としています。「人間失格」や「斜陽」などのやりきれない思いを抱かせる作品が多い中、「津軽」では陰鬱さを感じる出来事もなく、出会う人々との心地の良い交流が感じられる作品となっています。

お伽草子

御伽草子は「瘤取り」「浦島さん」「カチカチ山」「舌切雀」の4編からなる短編小説です。

瘤取りじいさん、浦島太郎、かちかち山、舌切り雀といった有名な昔話の設定をアレンジした作品となっており、太宰治が新たな解釈を加えていることで、より面白さがアップしています。あらすじを知っているのに関わらず新しい作品に見える感覚を体験してみてください。

ヴィヨンの妻

主人公「さっちゃん」の夫の大谷は人格に歪みをもっている放蕩者で、いつも嘘をついて人を騙すことに罪を感じないような人でした。15世紀の詩人フランソワ・ヴィヨンに見立てると主人公はまさにヴィヨンの妻といえるでしょう。

遊び人の夫をもつ女性が現実的でしたたかな強い人に変わっていきました。

この作品は太宰治の作品の中では読みやすい作品となっています。さっちゃんの語りに引き込まれ、さわやかな読後感を味わえる作品です。

斜陽

戦後の日本で、貴族だったかず子の家族は没落していき、伊豆へ引っ越したかず子と母は2人で暮らしていました。弟の直治は戦争から帰ってくると酒に溺れ、母は弱っていきます。かず子は不安を抱えるも強く生きていきます。

太宰治が自殺した前年に書かれており、当時没落階級を意味した斜陽族という流行語が生まれるほど広く読まれました。

戦後の時代であるため、わかりにくかったり理解が難しい部分もありますが、当時の事や太宰治本人のの考え方を反映している作品となっています。

人間失格

東北地方のお金持ちの家庭に生まれた大庭葉蔵の少年から青年の生活の秘密と、生活する人として失格していく過程を太宰治自身の体験と生涯を投影させて3つの手記で語られるといった作品になっています。

人間失格は、自己を見つめつつ存在の本質を問う作品として評価が高い作品です。陰鬱な雰囲気が当時の太宰治の内面がよく出ています。

太宰治の遺作となったこの作品は現在では漫画や映画などにもなっており、斜陽や走れメロスと並ぶ有名な作品となっています。

まとめ

太宰治の波乱万丈な生涯と代表作を8作品ほど紹介しました。太宰治の作品は、没後70年以上経った現在でも人気を博しており、いくつもの作品が映画化や漫画になっています。太宰治の美しい文章は魅力的ですが、小説を普段あまり読まない方は、本以外の映画や漫画などの別の媒体で見るのも良いのかもしれません。

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