ニコラ・テスラとは?交流電流を生んだ稀代の天才の秘密を大解剖

偉大な発明家であるニコラ・テスラをご存知でしょうか。磁束密度の単位であるテスラや自動車製造会社のテスラ社の名前の由来にもなっている人物です。発明の数も凄まじく、今の我々の生活に欠かせない物を多く誕生させています。天才といえば決まって彼の名前が上がるほど、各方面から尊敬されているのがニコラ・テスラです。

そこで今回はそのようなニコラ・テスラの秘密を大解剖してお伝えします。彼の生涯から代表的な発明、意外な事実から名言まで、本稿を読めばニコラ・テスラについてはバッチリです。

ニコラ・テスラの生涯

まずはニコラ・テスラの生涯をご紹介します。多くの発明はいかにして誕生したのでしょうか。早速見ていきましょう。

ニコラ・テスラの誕生と成長

1856年7月10日の午前0時頃の真夜中、ニコラ・テスラは現在のクロアチア西部で生まれました。その際、まるでテスラの将来を暗示するかのように、稲妻が光り、雷鳴が鳴り響いていたそうです。さらに興味深いのが、ユダヤ教の神秘主義であるカバラの聖典における予言です。予言の中で「知恵の門が開く」とされている時期とテスラの誕生はちょうど重なっていました。テスラの人生は、生まれ持った天命を辿る旅のようなものだったのかもしれません。

誕生の際の影響なのか、テスラは電気に興味を持って育ちます。好きなものは稲妻だったそうで、この頃から普通の子供とは感覚が少し違っていたのかもしれません。その後は宇宙や地球のエネルギーを社会のために活用したいという夢を抱いて成長しました。

大学生になると物理学、工学、数学などを熱心に学びました。1881年になると電話局に就職し、電気技師として働くようになりました。そして28歳の時にアメリカへ移住します。目的は、あの天才発明家のエジソンの会社で働くためです。一見順調なキャリアだったのですが、テスラは1年ほどでエジソンの会社を去ります。理由は、当時エジソンの会社で展開していた直流方式の電流システム事業に異を唱えたためです。これによりテスラとエジソンとの間に確執が生じ、会社に居られなくなってしまったことが原因です。

電流戦争

このテスラとエジソンの確執は続きます。ナイアガラの滝を利用する水力発電システムをめぐって2人は争います。これが有名な「電流戦争」です。自分で発明した交流送電の採用を強く訴えるテスラと、直流送電の採用を譲らないエジソンは、互いに一歩も引かずに激しく争いました。ここまで両者が意地になるのには理由があります。ナイアガラの滝での発電システムの権利を得られれば、アメリカ北東部全域の電力事業を支配できたためです。電流戦争と名が付くほどに事態は大きなものでした。

壮絶なお互いの批判合戦の末、ついに決着がつきました。見事にテスラの交流送電システムに軍配が上がりました。テスラの掲げた人々の生活を豊かにする夢が一つ叶った瞬間です。

意外にも電流戦争後のテスラとエジソンの確執が深まることはなく、この後和解しています。後にテスラが火災で研究所を失った際には、エジソンが研究所を与えたというエピソードがあります。

数多くの発明を生み出す

その後もテスラは研究に打ち込む日々を過ごします。そして世に数々の大発明を送り出しました。電気鉄道(電車)、電気自動車、ヘリコプター、タービンエンジン、ラジコン、無線通信、蛍光灯、ネオン管、テスラコイル、速度計、プラズマビーム、魚雷など、偉大なる発明品が誕生しました。

これらの発明を見るだけで、いかにテスラが幅広い分野で新技術を開発していたかが分かります。世の中のためになる発明をしたい、という幼き日の志をここでも貫きました。その後もテスラは開発漬けの日々を送り、ついにはある壮大な計画に乗り出します。

世界システムの構想

2007年にマサチューセッツ工科大学がある発明をしました。それは、2mほどの範囲であれば安全にワイヤレス送電を可能とする装置を開発したと言うものです。大変画期的な発明に感じられますが、実はこの100年以上前にテスラが同様のアイデアを持っていました。

テスラは1899年から1900年の約1年の間に繰り返し実験を行い、ワイヤレス送電が可能である事を確認しました。さらには数km先まで送電できるシステムを開発しようとします。実験のためにテスラは高さ60m以上もあるタワーを建設しました。その結果、6kmほど離れた場所に設置した電球は見事に光り、実験は成功しました。

その後、テスラはさらに壮大な計画を立てます。ウォーデンクリフ・タワーという名の巨大な電波塔を建設しました。地球全体にワイヤレスで電気を送る計画、その名も「世界システム」を実行しようとしました。残念ながら、この夢に満ち溢れた計画は、1904年に資金援助が打ち切られて実現には至りませんでした。

ニコラ・テスラの最期

決して思い通りに行かずとも、テスラは開発を続けました。晩年まで多くの発明を生み出します。開発に勤しむ最中、突然に彼の最期は訪れます。1943年1月7日、ニューヨークにあるホテルの一室で、心臓発作によりその生涯を終えました。

ニコラ・テスラの主な発明

交流電流をはじめ、ニコラ・テスラは大変多くの発明をしています。それも誰もが馴染みのある発明が多く、その発想力には驚嘆します。まさに天才と呼ばれるにふさわしい偉業を達成しています。ここでは彼の数ある発明の中でも、代表的なものを改めてご紹介します。

蛍光灯

テスラは、家やオフィスを明るく照らす蛍光灯を発明しました。正確には、蛍光灯が現在の形に辿り着くまでに長い歴史があり、複数の人物が関わっています。その中で、テスラは蛍光灯の保全と伝送の領域において大きな貢献をして、蛍光灯誕生を大きく前進させました。

一方で電球はエジソンが発明した事で有名です。ここでも電流戦争のように、蛍光灯のニコラ・テスラ、電球のエジソンと2人の名前が並んでいるのが興味深いです。

電動モーター

自動車製造会社であるテスラ社の社名はニコラ・テスラから来ています。電動モーターを開発したのがテスラその人であるためです。電動モーターは工業機械や建築機械などあらゆる製品に活用されており、多くの電化製品の発達にも大きく貢献した大発明と言えます。

ラジオ

最近では、昔ながらのラジオが利用される機会は減ってしまいましたが、ラジオ放送自体は、インターネットラジオなど形を変えて現在でも広く親しまれています。そうしたラジオを最初に発明したのもテスラだと言われています。

しかし実際に誰がラジオを最初に開発したのかは一悶着あった様です。それはイタリア生まれの発明家グリエルモ・マルコーニも同時期にラジオを開発したためです。裁判にもなりますが、その場ではテスラが先にラジオを開発したという判決が出ています。

X線(レントゲン)

テスラは現在の医療現場に欠かせないレントゲンの発明にも関わっており、X線の基本原理を築きました。テスラが発明したX線の発生機械は現在のX線発生機械とは異なり、電極がひとつだけのものでした。

家庭用品に工業用品、さらには医療分野までとテスラの発明の幅広さにはただただ驚嘆です。

遠隔操作技術(リモートコントロール)

これもまた、生活・仕事問わず欠かせないアイテムです。この遠隔操作を可能とする技術は、ラジオ開発の過程で生まれたものです。無線信号と受信機によって、従来のように有線で繋がっていなくとも機械を動かすことが可能となりました。この技術はテレビやエアコンなどの家電製品から、船や飛行機などの運搬機械、さらにはラジコンやドローンに至るまで、幅広く活用されています。

テスラの発明を使った製品は、今も昔も人々を熱中させています。

ニコラ・テスラの意外な6つの事実

ニコラ・テスラの生涯や数々の発明からも、彼が天才と呼ばれる所以が分かりまます。こうしたテスラには、意外なエピソードが多くあります。ここでは意外な6つの真実として、ニコラ・テスラの真の姿に迫ります。

再生可能燃料を推進し研究していた

テスラは地球の環境問題にも強い関心を持っていました。石油などの化石燃料が枯渇してしまう恐れのある事に危機感を抱いた彼は、再生可能燃料を推進しました。自分の実験室で雷のような大量の電流を作り出そうとするなど、試行錯誤を重ねたそうです。

当時は環境の事など考えもせずに、社会の発展を推進していた時代です。しかしテスラは、環境に配慮した技術こそが優れていると主張しました。今でこそ自然環境への配慮は当たり前ですが、先陣を切って環境保全の大切さを唱えたのはテスラでした。

抜群の記憶力があった

またテスラは、語学の習得においても常人ならぬ能力を発揮し、8つの外国語を習得していました。英語だけでも苦労する多くの日本人からすると、とても信じられない話でしょう。この語学力を可能にしたのも、テスラが持つ優秀な記憶能力のお陰と考えられています。

天才と称され多数の発明を世に残したテスラは、その頭脳に突出した能力が秘められており、彼は記憶力が非常に優れていました。例えば、本を読むとその内容を一度で覚えてしまったそうです。非常に鮮明に詳細まで記憶できたそうで、頭の中だけで本を読み返せたほどです。聖書の一節を繰り返し暗唱したり、難解な哲学の本の暗記も難なくこなすことができました。まるで写真のようなその記憶力は、数々の発明の閃きも、抜けや漏れなく頭に全て記録していたようです。

容姿は優れていたが生涯独身を選んだ

テスラは生涯独身を貫きました。写真を見ても分かる通り、彼は容姿端麗な人物でした。その美貌に加えて頭脳は明晰、190cmの高身長、さらに世を騒がす話題の発明家とあって、女性からの人気は非常に高いものでした。これだけの好条件を持ち合わせる人物はそういません。多くの女性が自分に振り向かせたいと思ったでしょう。

テスラが誰とも結婚しなかった理由は、科学研究に集中するためです。テスラは、愛する女性を見つけて研究へ注力できなくなるのを恐れていました。恋愛が発展して結婚となると、時間もお金もかかりますし、人生への影響はとても大きなものです。

このような、どこまでも自分の研究にストイックな姿勢があったからこそ、多くの発明が生まれたのでしょう。

多くの発明をして社会貢献したが貧しかった

テスラは、誰もが日々利用している多くの偉大な発明をしています。それにも関わらず、テスラの暮らしは裕福どころか貧しいものでした。

テスラはお金のためではなく、世のため人のために研究を重ねていました。そのため、お金というものに興味がありませんでした。お金儲けを考える人であれば、発明と自分の権利をセットにして売り出しますが、テスラはそのような暇があれば、次の新たな発明に時間を費やしていました。

テスラの発明が広く受け入れられたのは、彼の利他的な性格もあっての事だったのかもしれません。

1日2時間しか寝ず多くを研究に費やした

テスラの1日の睡眠時間はわずか2時間でした。その原因は体質によるものとも言われますが、はっきりとはしていません。通常ならば、2時間という少ない睡眠時間が続いた場合、生活に大きな悪影響を及ぼします。しかしテスラの場合は、眠気より研究をしたい欲求が勝っていたのでしょう。この短い睡眠時間のため、彼は1日の活動時間が普通の人よりはるかに長くなり、その長い活動時間を全て研究に費やしていました。

天才と呼ばれる頭脳に加え人よりも多い活動時間を確保できたため、テスラには多くの発明を生み出す条件がいくつも備わっていました。世の中を変える多数の発明をした裏側には、ショートスリーパーであった彼の生活サイクルが少なからず影響していたと言えそうです。

3・6・9という数字を好んだ

「3・6・9という数字の持つ力を理解できれば、宇宙への鍵を握るだろう。」

テスラはこのような言葉を残しています。3・6・9という数字に強いこだわりを持っていたのが分かります。そして、テスラは少し異常とも思われる以下のような行動をしていました。

・ホテルでは3で割り切れる数字の部屋に泊まった

・ナプキンの数は18枚だった(1+8=9のため)

・建物の周りを3周した

彼がここまで3・6・9という数字にこだわったのには、次のような理由があります。9という数字が宇宙を司る絶対的な数字であり、そして3と6は9に含まれるスピリチュアルな数字であると考えられているためです。

身の回りの数字を分解して足し合わせると9になる例は多くあります。良い運気を呼び込みたい方は、天才ニコラ・テスラが信じる数字を信じてみても良いかもしれません。

ニコラ・テスラの名言7選

最後に、ニコラ・テスラの名言をご紹介します。テスラは発明家らしい言葉をいくつも残しています。ここでは厳選して7つの名言を集めました。

天才とは、1%のひらめきと99%の徒労だ。

似たような名言を聞いた事はないでしょうか。テスラは、エジソンの有名な言葉である「天才は1%のひらめきと99%の努力である」を皮肉って、この名言を残しました。テスラはこの言葉で、天才は決して特別でない事を伝えています。テスラ曰く、ほとんどが無駄だと思われるようなことの積み重ね、その中のわずか1%のひらめきを形にしているのが天才であると説きます。

多くの人は努力が徒労に感じる経験をしているでしょう。それが1度でなく2度も3度も続くと、次第に心も折れてきます。そのようなやりきれない思いに打ち勝って努力を続けられる人が、1%のひらめきに辿り着け、天才と呼ばれるのかもしれません。

結婚した発明家に偉大なものは作れない。その情熱や愛をすべて女性に与えてしまうからだ。

結婚すると嬉しい事も辛い事もパートナーと共有して過ごすこととなります。独身時代は好きに時間を使えていた研究も、結婚したならば今まで通りと言うわけにはいかないでしょう。時には自分や大切なものを犠牲にして、妻や家族を思いやる必要があります。

テスラが生涯独身を貫いた理由の中には、研究に己を捧げ優れた発明を行いたいため、という強い思いがあったのかもしれません。「二兎を追う者は一兎をも得ず」ということわざもありますが、自分が真に追い求めているものは何か、よく考えるべきでしょう。

直感は知識を超越する。私たちの頭の中にある驚異的な組織に比べれば、いかなる論理や計画も取るに足らない。

頭をフル回転させて日々研究に没頭していたテスラは、いかに脳という組織が優れているか、誰よりも理解していたのではないでしょうか。脳が直感したり閃いたりする瞬間は誰しもあるでしょう。いわゆる「虫の知らせ」や「第六感」と呼ばれるものも脳が関係しています。

脳はいまだに解明できていない高度で未知な存在です。テスラの発明も然り、今までに世に誕生した全ての創造物は全て脳が関与しています。脳というものは、誰もが使っていながらも、ブラックボックスな要素を多々含んでいます。近い将来、テスラの様な天才が脳の謎を解明する日が来るかもしれません。

私は早急に物事を進めたりはしない。先ずは頭の中で思考し、実践するのだ。実際に行うのも思考するのも大した差はない。

テスラの頭の良さが伝わってくる言葉です。常人であれば、まずは行動あるべしと手や体を動かしてしまうでしょうが、テスラは違います。頭さえ動かせば十分で体を動かす必要はないと言います。

おそらくテスラの優れた頭脳は、様々なシミュレーションも出来てしまうのかもしれません。さながらSF世界の優れたゴーグルのように、学術的な事から社会生活に関する事まで予期できたのかもしれません。一般人にテスラの真似はできませんが、焦って空回りする前に一度頭で考えてみてもよいでしょう。

現在は彼らのものだが、私が動いたからには未来は私たちのものだ。

今だけに囚われずに、先の未来まで見越しているテスラらしい名言です。たとえ現状は劣勢だとしても動じずに、未来での自分の優勢を確信していたのでしょう。このように高い視座から物を見て考えることは、言葉で言うほど簡単なことではありません。誰もが現在という時間に囚われて様々な影響を受けながら生活しています。人からの些細な言葉に傷付いたりもします。今の評価が気になり、流行にも流されます。

しかし、物事の本質はもっと先にあるのかもしれません。時間が経ってから評価された作品は数多くあります。流行も移り変わる様に、今というものは絶対の存在ではありません。テスラの様に何か確信を持って行動すれば、将来というものを自分自身のものにできるかもしれません。現状に悲観している方はこの名言を思い出し、何かアクションを起こしてみましょう。

発明の本質とは、人類の役に立ちながら、物質を超越した精神の支配を得ることだ

テスラは、お金のためではなく社会のより良い発展のために、研究開発を生涯続けました。そのような彼の発明に対する姿勢がよく表現されている名言です。

彼は多くの発明をしており、そのほとんどは今の人の生活に欠かせない重要な物ばかりです。もしテスラの発明がなければ、現代文明はこれほどには進んでいなかったでしょう。そう考えると、テスラはこの名言のままに、物質を超越した精神の支配を得る発明をして、人類に多大な貢献をしたと言えます。研究開発に限らず、テスラのこの崇高な精神を見習って仕事に取り組むべきでしょう。

あなたの憎しみを電気に変換してしまいなさい。そうすれば世界全体が明るくなる。

交流電流を発明したテスラらしい名言です。喜怒哀楽の感情があるのが人間です。笑ったり喜んだりといった明るい感情がある一方で、悲しんだり怒ったり泣いたりといった暗い感情も持ち合わせています。時には人を恨み、憎しみの感情が生まれる場合もあるでしょう。そうした時は、憎しみを電気に変換してしまえばいいとテスラは言います。

テスラは人間社会の事を常に考えていました。だからこそ彼の数々の発明は、どれも人の生活を明るく彩る物ばかりでした。おそらく、テスラは自分の発明で世界全体を明るくしたかったのではないでしょうか。そのようなテスラの秘めたる思いも、この言葉から感じられます。

まとめ

交流電流の発明でも有名な天才ニコラ・テスラについて、様々な情報をまとめてお伝えしました。類稀なる才能と誰にも負けない情熱、この2つを持ち合わせていたからこそ、テスラは後世に残る発明を多く残しました。直向きに1つの事に打ち込むその姿勢は、今を生きる私たちも気付かされるものがあるのではないでしょうか。

本稿にて今まで知らなかったニコラ・テスラの色々な一面が見えてきたのであれば幸いです。

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