アビゲイル・ウィリアムズとは?セイラム魔女裁判の最初の告発者

近世に起こった魔女狩りでは最も有名なものとされ、いまだ真相が明かされず数多の謎が残るセイラム魔女裁判。この悲劇は様々な作品のモデルとなり、現代でもその名を聞いたことのある人は多いでしょう。

この記事では、セイラムで騒動が起こった背景や終息に至るまでの経緯を交え、これに最も深く関わった人物として知られるアビゲイル・ウィリアムズという少女が、魔女狩り騒動の中でどのような役割を演じていたのかを解説していきます。

アビゲイル・ウィリアムズ

悪名高いセイラム魔女裁判の最初の告発者として有名なアビゲイル・ウィリアムズは、どんな暮らしをしていたのでしょうか。

彼女は幼い頃に両親を亡くしてから、叔父であるサミュエル・パリスに引き取られ、彼の娘ベティと黒人奴隷のティテュバとの4人で、セイラムという村で暮らしていました。

ティテュバは故郷の西インド諸島に伝わる占いに関する知識を多く持ち、夜になるとアビゲイルやベティにその腕前を披露していました。セイラムは娯楽が少なく閉鎖的な村だったため、相性占いなどの他愛ない占いを見せてもらい、2人は暇を潰していたのです。

セイラム魔女裁判

「セイラム魔女裁判」は、1691年3月1日から1693年5月までの間に、現在のアメリカ合衆国ニューイングランド地方に存在したセイラムの村で起こった一連の魔女狩り騒動を指します。

アビゲイル・ウィリアムズを筆頭とする少女らが村人を魔女として告発したことが発端となり、200人以上が告発をされ150人以上が逮捕・投獄。結果として19人が処刑、1名が裁判中に拷問で圧死、2人の乳児を含む5名が獄死しました。

しかし旧来の魔女狩りではヨーロッパ全土で推定4~6万人もの人々が処刑されています。にもかかわらずこのセイラムで起こった騒動が特別有名となっている理由は、時期が合わないという点です。

騒動が起こった1691年頃のキリスト教社会では「魔女狩り」自体が廃れた風習と化し、時代錯誤も甚だしい、大昔の因習であると認識されていた筈でした。

ここでは、そんな魔女狩りが何故起こり、そして拡大してしまったのかをアビゲイルらの動きとともに解説していきます。

セイラム村について

騒動の舞台となったセイラムは、マサチューセッツ州ボストン近郊の村でした。

この周辺一帯はイギリス王による圧政から逃れオランダへ、さらに新天地を目指しアメリカ大陸へと渡ったピルグリム=ファーザーズにより開拓されていった歴史のある、ニューイングランド地方に属する土地柄でもあります。

セイラムが開拓されたのは1620年頃。ピルグリム=ファーザーズは市民革命の担い手となったことでも有名なピューリタン教徒であったため、この地にはピューリタン教徒の風習が強く根付いてゆくことになりました。このような背景もあり、アメリカ大陸にも新たなキリスト教の教えが広まってゆく中、セイラムを含むニューイングランド地方の一部では変わらず古い時代の教えを引き継ぎ信仰をし続けることになります。

残念ながらこういった土地柄や風習も、セイラムで悲劇が起こる大きな要因の一つとなってしまいました。

ティテュバ

アビゲイルやその従妹ベティによく占いをして見せていた黒人奴隷のティテュバですが、次第に彼女の占いは好評となり評判が村中へ知られていきました。最終的にはアビゲイルを含む少女達が教会でティテュバの占いを見せてもらうことが恒例になっていきます。

そしてある日、ティテュバがいつものように教会で占いを披露していると、それを見ていたベティが急に倒れ、アビゲイルも荒い息を漏らしながら様子がおかしくなり、周囲にいた少女達全員が悲鳴を上げ暴れ回るパニック状態に。

その教会の牧師であるディオーダット・ローソン氏は、「発作中の動きは常人にはありえないような恰好で身体がねじれ、常人とは思えない腕力を発揮し暴れる。」との証言を残しています。彼の目にどれ程異様な光景として映っていたかがよく分かる内容です。

こうした事態が起きたことで、ベティの父でありアビゲイルの育ての親であるサミュエル・パリスは彼女らを医師に診せましたが、医師はこの症状を「医学的なものではない」と判断。最終的に下された診断は「悪魔の仕業で奇行に走ったのではないか」という、現代ではとてもありえないようなものでしたが、古い教えへの信仰が根強く残っていたことでこれが受け入れられてしまいます。

古い信仰に則るならば、村に少女らに対して悪魔を嗾けた魔女がどこかに居るということになります。教会に居た少女らが魔女に魔術をかけられたせいで発狂したという推測がなされ、真っ先に容疑者と目されたのは彼女達に占いを見せていたティテュバでした。

これが「セイラム魔女裁判騒動」の発端です。

ティテュバ一人で「終わらなかった」理由

少女らが突然に見せた奇行は確かに衝撃的なものでした。しかし何故、その後次々と村人が告発されてしまうような事態へと規模が拡大していってしまったのでしょうか。

アビゲイルを筆頭とした少女らが無関係な人々のことも魔女として告発していったこともありますが、その他では最初の被害者であるティテュバの自白も一因と言えるでしょう。

逮捕され鞭打ちにかけられた彼女は自身が魔女であると自白し、妖術を用いて少女達に魔術を使ったと容疑を認めてしまいました。投獄となった後も魔術に関するあらゆる事柄を自供、そしてこの中で「魔女は他にあと9人居る」とまで言っています。

鞭打ちの件から察するに、また内容的にも、私達が見れば欠片も信憑性を感じられない戯言でしかありません。強要されたとはいえここまで多くの自白に至った理由も少し不可解に感じられます。

実は単なる時代背景によるものではなく、これもまた、セイラム特有の風習による影響が強く出た結果でした。

当時セイラムでは「罪を認め自白をし、知っていることを語れば減刑される」というピューリタンの思想に基づいた法解釈がなされていました。そのため、ティテュバは絞首台から逃れるためやむなく自白するに至ったのです。

そして同じくこの思想の中には「無垢に嘘なし」という、幼子は嘘をつけないとするものもあったため、少女らの告発に耳を貸してしまう大人達も多かったのです。

セイラム魔女裁判で命を落とした犠牲者達

前述したようにセイラム魔女裁判では多くの人々が魔女として告発され、処刑などで命を落とした人達が居ました。彼らの中から3名、印象的な人物をご紹介します。

レベッカ・ナース

レベッカは村の中で最も人望があり、誰よりも信仰心が強い人物でした。村の人々もその人生の中でいかなる困難にも挫けずに、たゆまぬ努力を続けてきたことをよく知っていました。アビゲイルらはそんな彼女までもを、魔女として告発したのです。

レベッカは魔女裁判に関して悪名高い、かのホーソーン判事でさえも「唯一自分の信念を疑った」と言わしめた程の好人物でした。彼女は逮捕されても戸惑いながら「潔白は神が証明してくださる」と言い法廷へ立ったのです。

告発をした少女らは法廷で審問が始まるやいなや、「レベッカ・ナースの生霊に苦しめられている!」と言い放ち、発端となった教会で見せたのと同様の発作を起こして見せました。

困り果てたレベッカが両手を上げるポーズをとると、その後の一挙手一投足すべて真似して見せたといいます。法廷で発せられる音は絶叫や少女らが暴れる音で満たされ、とても審問どころではありません。

こんな中、ジョン・プロクターという人物がレベッカを擁護するために動きます。少女らのうちの一人であるメアリ・ウォレンに対し、「その真似事を止めんと車輪に縛り付けて鞭打つぞ!」と一喝すると、メアリはそれまでの発作をピタリと止めてしまいました。

ピューリタンの思想が根強い土地柄とはいえ、レベッカ・ナースに対する告発に関しては信憑性を疑っていた人々も、彼をはじめとして村の中には相当数居たのです。

このメアリの件により、一連の出来事は全てアビゲイルらにより引き起こされた悪戯であるとの見方が強くなり、この裁判ではレベッカ・ナースに無罪が言い渡されました。

しかしその後、レベッカが魔女として告発されている女性に対し同じく無実であるという趣旨で「仲間」と言うと、本当に魔女が居ると信じている側の村人達がこれを拡大解釈。「レベッカが魔女のことを仲間だと言ったぞ!」というように大きく広められ、逆転有罪となり処刑が確定してしまいます。

「私はあの子達のために神に祈りましょう。私は心配です、あの子達が魔女だと叫んでいる人もあの子達のことも。きっとその中には私と同じように無実の人々がいるでしょう」

これが、レベッカ・ナースが最後に残した言葉でした。

ジョージ・バロウズ

ジョージ・バロウズは元々セイラムではなく、遠く離れた地で暮らしていた牧師でした。彼は偶然セイラムへと赴いた際に警官によって逮捕され、そのままセイラムにて没することになります。告発者はアン・パットナム。例に漏れず、アビゲイルを筆頭とする少女らの一人です。

裁判では告発者であるアンが彼を魔女術の罪で告発するとともに、「ジョージの生霊に殺すと言われた」と殺人罪でも告発しています。彼が噛んだと主張する歯形を証拠として提出し、これが決定的となり有罪判決が下されました。

彼は自らの容疑を否定し続け、法廷で、そして絞首台に上がった後にも主の祈りの句を淀みなく唱え続けていたといいます。

キリスト教社会での「魔女」の定義は「悪魔と契約しキリスト教社会の破壊を企む背教者」であり、「魔女は悪魔と契約をしているため聖書の言葉を唱えられない」と考えられていたためでした。これに見物人は大いに動揺したものの、権威あるボストン教会の牧師が彼らを宥め、処刑が執行されたのです。

このジョージ・バロウズの裁判はアメリカ合衆国司法史上、牧師が悪魔の僕として起訴された唯一の例としても知られています。

ジャイルズ・コーリー

ジャイルズ・コーリーは同じく魔女として告発、処刑されたマーサ・コーリーの夫で、妻とともに魔術を行使したとして告発されました。

彼は逮捕後罪の有無を裁定されることを拒否し一言も発さず、自白を強要するべく行われた拷問により、処刑ではなく裁判中に命を落とします。

拷問では地面に貼り付けられ3日にわたり身体の上に大量の石を乗せられ続けるという惨い方法を取られましたがこの間にも一切自白の強要に取り合わず、ただ「more weight !」とだけ言い放ち、その言葉を最後に圧死という壮絶な最期を遂げました。

これもまた、アメリカ合衆国司法史上唯一の石責めによる圧殺として記録が残り、広く知られている裁判です。

関係者のメモや発言

当時の関係者の心の内を知ることが出来る記録として、関係者のメモや発言などは重要な資料です。そのうちの一部をご紹介しましょう。

ロバートパイク判事のメモには、「被疑者達が容疑を否認しておきながら法廷で魔術を使って少女達に引きつけを起こさせているとしたら、それは自分が犯人だと触れ回っているようなもので、愚の骨頂である。少し考えれば誰だってそんなことはしない」とあります。

また、発端の場となった教会の牧師であるローソン氏も、「充分な根拠もないのに慌てて他人を魔女とするのはまさに悪魔のような行為だ。となると悪魔は告発者だ」と言ったとされています。

告発された者を捕まえる役割を持っていた捕吏のトップである、ジョン・ウィラード巡査も同様の考えを持っていたようです。

彼は裁判に関わりつつも次々と少女らによって告発がなされる現状に疑念を抱き、1692年5月には「この娘どもを縛り首にしろ!こいつらはみんな魔女だ!」と言い放ってそれ以上の逮捕を拒否しました。

しかしそのすぐ後にアン・パットナムら少女がジョンを「魔術使用者であり、13人を殺害した」として告発。真偽は定かではありませんが、タイミングから見て彼の発言に対する報復であろう、という見方があることは事実です。

終息に至るまでの経緯

アビゲイルらに疑念を抱いた人々は大勢居ました。しかしその全員が魔女として告発されてしまい、いつしか魔女狩りは発端となったセイラムの村だけではなく近隣の村にまで伝播していく事態となっていきます。

遠征に出ていたウィリアム・フィップスがマサチューセッツ湾直轄植民地総督に任ぜられ、ボストンへ帰港したのはまさにこの頃のことでした。彼はあまりの事態に特別に刑事犯採決の場を設けましたが、より多くの人々が有罪判決を受けてしまう結果となり鎮静化には至らず。1692年9月に裁判が終了した後も、依然としてフィップス自身の妻を初めとした魔女狩りに対し批判的な人々への告発や逮捕が続いていました。

そのため翌月になりボストンの聖職者からマサチューセッツ州知事へと上告がなされ、事態を知った州知事が裁判の停止を命令。翌年5月には収監者に対して大赦が宣言され、魔女の疑いで逮捕されていた人々約150名を釈放するに至ります。

こうして少女らの告発が発端となった「セイラム魔女裁判騒動」は、ようやく終息を迎えたのです。

何故アビゲイルらは告発をし続けたのか

ティテュバの自白を抜きにしても、騒動の拡大に拍車を掛けた最大の要因は間違いなくアビゲイルら少女達が次々と村人を告発していったことにあります。

理由については所説ありますが、中でも有名なのは「麦角中毒説」「集団ヒステリー説」「アビゲイルらの悪戯説」の三つです。

麦角中毒説・集団ヒステリー説の2つに関しては発作の症状から頷ける部分もあれど、いずれも「告発のタイミングが都合が良すぎる」「特定の少女らのみが発作症状を呈している」など、不可解な点が多いと言わざるを得ません。

中でも決定的な反証は、「ジョン・プロクターによる一喝でメアリ・ウォレンの発作がぴたりと止んだ」という記録に基づく事実です。そしてこのジョン・プロクターもその後、魔女として告発をされた点も見逃せない事実でしょう。

残るはアビゲイルらの悪戯説ですが、反証があるとすれば公的な記録に残る形で悪戯だったと示すものがない点でしょうか。

1706年にアン・パットナムが裁判で行った自身の行動に関して迷惑をかけたという旨の謝罪文を裁判所へ提出しているものの、謝罪文中で「悪戯だった」とは明言しておらず、他の告発者の少女らについても「演技だった」とは言っていないのです。

しかしジョン・プロクターが告発された際に、少女らの一人メアリ・ウォレンが法廷で「全て嘘だった」という証言をし、すると今度はそのメアリ・ウォレン自身がアビゲイルらにより魔女であると告発をされ、しまいには「嘘の告白が嘘です。魔女であるジョンさんに無理やり言わされました」と証言を翻しています。

これら一連の記録が残っていることに加え、名指ししてはいないながらもジョン・ヘイル牧師が「セイラム魔女裁判がきっかけで死ぬまで悩み続けた」とアビゲイルらしき人物のその後に関して綴っている点も、この悪戯説を補強する材料となっています。

まとめ

アビゲイル・ウィリアムズは近世に起こった魔女狩りの中で有名な事件とされる、「セイラム魔女裁判」に最も深く関わり、その拡大に拍車を掛けた人物と言えます。様々な作品で描かれる「アビゲイル」のイメージとは少し違って映ったのではないでしょうか。

彼女は騒動の真相が明かされないまま1697年には消息不明となっており、その後について数多の憶測が飛び交いました。こうした謎の多い部分が私達を惹きつけるのかもしれませんね。

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